何とビックリ、レア音源界のカリスマJEMSがポール・マッカートニー&ウイングス最初期ライブ音源の劇的なアッパー版をネット上に公開してくれました!今までもクラシック・ロック数々の名音源を発掘してくれたJEMSではありましたが、まさかウイングス大学ツアーの音源までも網羅していたとは。ビートルズの解散から一年以上が経過し、新たにウイングスというバンドを結成したポールが選んだ道、それは前のバンドで叶わなかった「初心へ帰る」ことを実行に移した結果でした。ここでポールは無名のミュージシャンを中心とし、さらには妻のリンダまで加えて新たなバンドを結成。しかしそれだけではありません、グループを結成した最大の目的であるライブ活動を始めるに際し、バスで大学を回ってライブをやらせてもらうという抜き打ちのツアーを敢行します。つまり、ここでポールはデビュー前のビートルズのようなポジションからのやり直しを決意したということ。世界的なグループが崩壊してもなお新たなグループを結成してみせたポールの意志の強さには脱帽するばかり。後にウイングスも1970年代を代表するビッググループへと登り詰めましたが、そのスタート地点は実にこじんまりとしたものだった。よって大学でのサプライズ・ショーを捉えた音源が存在するというだけでも感嘆に値しますが、その初日と言われる1972年ノッティンガム大学の音源は今から20年前に出土されて世界中のマニアをアッと言わせました。こちらは「NOTTINGHAM UNIVERSITY 1972 RAW TAPES: SPEED CORRECTED」にてノン・イコライズ&ピッチ修正版が作られたことは記憶に新しいのですが、今回JEMSが公開したのは二日後のステージである11日のハル大学。こちらのオーディエンス録音ですが、マニアにはマルチカラー盤で有名な二枚組LP「FIRST LIVE SHOW SPRING 72」で古くから知られていたもの。とはいっても情報が不足していた当時らしく、この日が初めてのライブだとタイトルが名打たれていたのでした。もちろん今では初日どころか大学ツアー三日目のショーであったことが判明していますが、貴重な一日を意外なほど近い音像にて捉えた音源であることには変わりなく、マニアの間では珍重されたアイテムだったのです。もっとも音質そのものが粗いC級レベルであったことから思いのほか広まらず、CDでも同LPからトレースされたアイテムばかりが横行していました。初日ノッティンガムの音源発掘後になって「FIRST FLIGHT」のようなアイテムで同音源とカップリングする形でハル大学も収録されましたが、もちろん元になったのは先のLPですし、「Wild Life」においては元の盤が発していたノイズもかなり大きく拾っていたものです。要するにそうした形でLP落としの音源がトレーダー間に出回っていたのですね。その点JEMSが今回発掘してくれたバージョンはロージェネレーション・カセットからのコピーとの触れ込みですが、その明らかなアッパー感は世界中のマニアを驚かせるに十分なもの。LPやCDなど、既発はすべてライブが進むにつれて音質が落ちていったのですが、そうした変化がない上でライブ全体の音質自体が向上している。もちろん元があのような粗い録音、ビンテージ・オーディエンスの典型です。今回のJEMSバージョンを持ってしても万人向けな音源とは言えませんし、曲間では強いヒスノイズにさらされてしまう。それでも過去のアイテムでこの貴重なライブを聞いてきたマニアなら、絶対に驚くであろうアッパー感。何しろ過去のアイテム、特にCDおいてはそうしたノイズを抑えつけるべく、激烈なイコライズが施されていたものです。もちろん今回はそうした問題を抑え込むような処理は施していません。その点においてもマニア向けな音源であるのは事実ですが、何と言っても極めつけはLP「FIRST LIVE SHOW SPRING 72」、あるいはそこから落としたアイテムにおいて、面の代わりめでことごとく演奏の序盤がフェイドインしていた楽曲がすべてイントロの一音から完全に収録されている!今や「RED ROSE SPEEDWAY」のデラックスエディションにてスタジオ録音がオフィシャルにリリースされた未発表曲「Thank You Darling」に至っては、イントロどころか演奏を始める前のポールのMCからして初登場。そこで彼は「古めかしい曲調だけど、新曲だからね」と紹介しています。また大学ツアーの有名なエピソードとして結成して間もないバンドゆえ当時練習しておいたレパートリーには限りがあり、アンコールを求められるとライブ始めの方で披露していた曲を再び演奏したということが起きています。それを実証してくれるのがこの音源で、既に披露していた曲を三曲も繰り返しているのです。その締めくくりとなった二度目の「Lucille」もまたイントロが長いだけでなく、演奏を始める前で学生たちを煽りまくるリンダの姿も初めて聞かれる場面。駆け出しのバンドというだけでなく、彼女はミュージシャンとしては初心者もいいところだった訳で、この度胸ある振る舞いには驚かされます。あるいはライブが終盤を迎え、緊張から解き放たれたのかもしれません。そして演奏内容は聞きどころの連続。当時ウイングスはマスコミに「ポールがブルースバンドを結成」と報じられていたのですが、彼からするとブルースを演りたいというよりも、リンダを含むバンドメンバーが演奏しやすい音楽としてブルースを選択したのでしょう。おかげでポールのライブ史上においてもっともブルース色の強いステージが繰り広げられたのでした。ブルース・ギタリスト然としていてウイングス史からすると異色なプレイヤーだったヘンリー・マッカローが加入したのも納得の人選だったのです。後のヨーロッパツアーなどと比べると随所でアレンジが違っているのも聞き逃せません。例えばリンダが歌う「Seaside Woman」の間奏は当初ヘンリーが弾いており、彼ならではのフレーズが炸裂。後にレゲエを演出すべくデニー・レインがギターをメインで弾いたバージョンとはイントロからしてまるで雰囲気が違います。さらに「Some People Never Know」は現在に至るまで唯一の貴重なライブバージョン。それがまた荒っぽいアレンジで演奏されていますが、それがむしろ魅力的。この曲が表しているように、それこそ全体的には学園祭バンドのようなバタバタした演奏が繰り広げられていた訳ですが、結成されたばかりのバンド、なおかつこれが三回目のステージです。おまけに録音が残されていたというだけでも奇跡と呼べる音源。それだけに演奏の荒さや音質の粗さをとやかく言うのは野暮というもの。この荒々しくも初々しい演奏が四年後には世界を制覇するほどのバンドへと成長したのだから、これほど貴重なドキュメントはない。まだまとまりには欠いていても勢いがあり、それでいてブルースを中心としてレアな曲ばかり演奏しているのが本当に面白い。そして繰り返しますがマニア向けな音源には変わりありません。それでも過去のアイテムでこの音源を聞いてきたマニアなら、今回の内容面と音質面の両方における文句なしのアッパー感には絶対に驚かされること間違いなし。今まで何十年もの間ビンテージLPがオリジナルだったハル大学ライブのアップグレードがようやく実現!
University of Hull, Hull, UK 11th February 1972 *UPGRADE (75:18)
1. Lucille 2. Give Ireland Back To The Irish 3. Blue Moon Of Kentucky 4. Seaside Woman 5. Help Me 6. Some People Never Know 7. The Mess 8. Bip Bop 9. Thank You Darling 10. Smile Away 11. My Love 12. The Old Grand Duke Of York 13. Henry's Blues
14. Wild Life 15. Give Ireland Back To The Irish 16. The Mess 17. Lucille
Paul McCartney - Vocal, Bass, Guitar, keyboards Linda McCartney - Vocal, Keyboards Denny Laine - Vocals, Guitar Henry McCullough - Vocal, Guitar Denny Seiwell - Drums