大きな話題を呼んだ“モービル・フィディリティ”のゴールドCD復刻シリーズ。その最新弾がギフト・リリース決定です。アナログ・マスター専門メーカーの“モービル・フィデリティ・サウンド・ラボ(MFSL)”と言えば、世界のオーディオ・マニア達が絶大な支持を寄せる信頼のブランド。音の匠が情熱の限りを込め、大名盤の数々をマスター・テープからデジタル化していきました。そんなシリーズの中で、本作に収められているのは2006年にリリースされたCD『UDCD 766』。そう、YESの黄金期到来を告げた名盤『こわれもの』です。
【マスターテープ・サウンドを最重視したモービル・フィディリティ】
アナログ作品のCD化が最盛期を迎えた90年代には高音質CDが数多く登場しましたが、その中でもMFSLは別格でした。他の高音質CDは新技術によって圧縮の違和感を減らしたり、素材で読み取りエラーを減らしたりといった「デジタル劣化を抑える」発想のもの。それに対してMFSLのポリシーは「マスターテープに刻まれた音を忠実に再現し、余分なものを足したりしないこと」。磁気テープから音を引き出す段階にも目を向けた独自の“ハーフスピードマスタリング”技術を開発するなど、“アナログ録音された音そのもの”を最重視にしているのです。そんなMFSLは1987年からレコード会社からオリジナルのマスターテープを借り受け、数々の名盤を1本1本緻密にデジタル化。マスターテープの音をCDに移し替えていく“Ultradisc”シリーズをリリースして行きました。現在はSACDやLPの分野にも進出していますが、本作は90年代の前半期にCD化していたというのもポイント。磁気テープのマスターは経年劣化に弱く、時間が経てば立つほど録音当時の音が失われていく。テープが歪んだり張り付いたりといったケースもありますが、たとえ精密に保管されていたとしても磁気の消失までは防げない。現在では、マスターテープそのものより物理的な溝で記録するLPの方が音が良かった……などという事態も起こりつつあるのです。その点においても“Ultradisc”シリーズは偉業だった。CDの普及期にあった80年代から始められており、高音質を謳う新技術CDの登場よりも早くにマスターテープの音をデジタルに残したのです。
【リマスターらしい鮮やかさでありながらナチュラルな『こわれもの』】
そうして“録音から35年”時点のマスター・サウンドを伝えてくれるのが、本作の『こわれもの』。他バンドのMFSL盤に比べて遅くに製作されたために鮮度的には他社リマスターより有利というわけでもないのですが、やはり鮮やかなのにナチュラルな仕上がりが素晴らしい。2015年のリミックス盤は完全に別世界なので論外として、YESのリマスターと言えば、2003年と2008年にリリースされたRhino盤がポピュラー。結論から先に言いますと、本作は2003年盤より遙かにくっきり鮮やかになっていて、2008年盤に近い。特にドラムサウンドが顕著で、2003年盤はやや地味。それ自体は悪くはないのですが、問題なのは空気感もくぐもっていること。打音の強さはほとんど変わらないのに、エッジがハッキリとせず、そのせいでアンサンブルの立体感も今いち把握しづらいのです。それに対し、本作は空気感が透き通り、ビル・ブルーフォードの妙技も、複雑に絡み合うアンサンブルもクッキリと感じられる。もちろん、音圧稼ぎの結果でそう聞こえるのでは台無しですが、本作は違う。ピークだけが突き抜けるような不自然感がなく、シンバルの残響も歪みナシで消え去る刹那まで美しい。実のところ、こうし美点は2008年Rhino盤にも引き継がれているのですが、もしかしたら2006年に出された本作MF盤を参考にしたのか……そんな妄想に駆られるほど素晴らしいナチュラル・サウンドなのです。とは言え、2008年Rhino盤と同じかというと、そうではない。空間的な広がりや鳴りの美しさは本作に軍配が上がる。分かりやすいのは「Cans And Brahms」でしょうか。リック・ウェイクマンのオルガンやシンセが美しいソロ曲ですが、本作はまさに教会を思わせる荘厳さ。1音1音の残響が微妙なヴァイヴを保持しながら消えてゆき、フレーズ同士が重なり合う刹那がとにかく美しい。ところが、Rhino盤はノートの立ち上がりが妙にクッキリしているものの、音響は伸びず、1音1音がすぐ途切れてしまう(この傾向は2003年/2008年の両Rhino盤で同じ)。もちろん、2015年リミックス盤のような極端な違いではありませんが、あのタイト感に近づいている。もちろん「リックが本来狙っていたんだろうな」と感じられるサウンドは本作の方であり、同じエコー感でも後年のエンジニアが勝手に加えたものとは違う曲想との一体感がある。スタジオ内のミュージシャンの意図まで感じられる……そんなマスター・サウンドなのです。
Taken from the original US Mobile Fidelity Sound Lab CD(UDCD 766) from Mobile Fidelity Sound Lab "Original Master Recording" Collection
1. Roundabout 2. Cans And Brahms (Extracts From Brahms' 4th Symphony In E Minor Third Movement) 3. We Have Heaven 4. South Side Of The Sky 5. Five Per Cent For Nothing 6. Long Distance Runaround 7. The Fish (Schindleria Praematurus) 8. Mood For A Day 9. Heart Of The Sunrise