1バンドの最高傑作という枠を超え、1つの音楽ジャンル“プログレッシヴ・ロック”の至宝でさえある超名盤『危機』。その製作裏舞台に迫れる超極上デモ・アルバムが永久保存決定です。シンプルすぎるアートワークに、全3曲という大作主義。あくまでもロックバンドとしてのビート感を保持しながらもシンフォニーのような雄大壮麗な曲想。進化するロックとは、シンフォニック・ロックとは何物か。『危機』ほど分かりやすく理想像を体現した音楽作品はないでしょう。その輝きは50年近くが経とうとしている現在でも微塵も色あせることがなく、創り上げたYESの当事者達ですら超えることが出来ない巨大な存在となっています。思わず今さらすぎる事を書き連ねてしまいましたが、何が言いたいかというと「危機の製作していたスタジオは、奇跡が起きた現場」だったという事。本作は、その奇跡が組み上げられていった過程を体験できるスタジオ・アルバムなのです。
【デモの次元を超えたサウンド・クオリティ】
味気なく言ってしまえば、本作は『危機』のデモ・トラック集。製作途中の「危機」を3テイク、「同志」を2テイク、「シベリアン・カートゥル」を3テイク収録したもので、いずれも完成版とは大きく異なる(さらに3テイクのボーナス・トラックも追加収録されていますが、それは後述します)。言わば、名画のスケッチのようなものです。しかし、現実に流れ出る音楽はそんな言葉で表現しきれるものではない。まず「デモ」と言って思い出されるものとはサウンドが違いすぎる。一聴して完成版とはまったく異なっていながら、サウンド・クオリティ自体は完成版にまったく劣っていない。2010年代の初頭に突如として登場した音源なのですが、ダビング痕などまるでなく、下手をすると後から加工された公式リマスター盤よりも鮮度が良いくらい。「デモ=音がショボイ」という固定概念を木っ端微塵に叩き壊す超極上のサウンドボード音源なのです。さらに完成版を凌駕しているのは生々しさ。これはテイクにもよりますが、エフェクトなどの加工も施されてはいるものの、ほとんどが完成版よりも少ない。特にジョン・アンダーソンのヴォーカルはより「生声」であり、ギターやドラムも耳元で鳴っているような「近さ」を感じられるのです。
【別バージョンとして楽しめる完成度の高いデモ】
危機(3テイク)そんなサウンドで描かれるのは、超名盤『危機』の別の姿。ここからは各曲について触れていきましょう。まず登場するのはタイトル・トラック「危機」のデモ3種。完成版はそれぞれ尺が異なり、「危機#1」は“3分21秒”、「危機#2」は“13分27秒”、「危機#3」も“3分21秒”です。「危機#1」は「The Solid Time Of Change」からスタートしますが、そこから一気にハイライトへ入る短尺アレンジ。まるでシングル・エディットのようですが、単に短いのではなくテイク毎異なり、ヴォーカル・メロディも違えば、緻密に重ねられていく演奏も(部分的に)違う。完全に想像ですが、イントロと一番美味しいパートから普通サイズの曲を作ろうとしたかのようなテイクです。代わっての「危機#2」は完成版(18分41秒)にも迫る長尺版ですが、アンサンブルはもっとラフ。演奏自体がラフなのではなく、ラフミックスのようなタイプ。モーグがオーバーダブされていないだけでなく、コーラスやエフェクトの類も大幅に少なく、演奏音が丸出し。そして、これまた演奏やヴォーカルのテイクが異なる。骨組みと呼ぶほどシンプルではないものの、飾り立てる前に大曲の構成を練っているようなテイクです。続く「危機#3」は再び3分台の短尺バージョン。「危機#1」の完成度を高めたようなテイクで、アンサンブル自体はかなり完成版に近い。しかし、それでもヴォーカルの入りなどでまだツメの甘さが見える。エディ・オフォードはテープの切り貼りで大曲を組み上げていったとも言われていますが、そんなパーツの1つなのかも知れません。
同志(2テイク)「同志」も尺の異なる2テイクが収録されており、「同志#1」は“10分57秒”、「同志#1」は“2分40秒”です。まず「同志#1」ですが、これは本作で唯一、完成版(9分59秒)よりも長尺なテイク。思わず完成版よりも壮大な曲想を期待してしまいますが、流れ出るのは逆の世界。曲の基本構造は変わらないものの、コーラスやエフェクト、オーバーダブといった装飾は明らかに少なく、生々しい仕上がり。4分台や9分台のスティールギターもありません。また、長尺の要因にして一番の驚きはエンディング。完成版ではテーマがリプライズするのに対し、このテイクではまったく違うメロディで大団円を迎える。あとちょっとの詰めが足りない感じはするものの、これはこれで感動的。名曲の別の可能性を感じさせてくれる、本作でも最大級の秘宝です。「同志#2」は、短尺ながらスティールギターも入って完成度が高まっている。もしかしたらパーツ毎に練り込んでいったのかも知れません。
シベリアン・カートゥル(3テイク) ラストの「シベリアン・カートゥル」もメインの長尺版1種とパーツ的な短尺版2種の計3テイク。「シベリアン#1」が“9分21秒”、「シベリアン#2」が“2分20秒”、「シベリアン#3」が“2分6秒”です。「シベリアン#1」は「1、2、3、4」のカウントから始まる生々しいテイク。3分台にあるジョンのスキャット「ドゥドゥドゥ……」も大きく異なっています(瞬間的にスタジオの話声?も聞こえます)し、7分台のスキャット「ダ!」も入っていない段階のもの。サビの部分のギターのカッティングがラウドですし、完成版ではハープシコードで弾かれるソロもオルガンです。そして、それ以上なのが全体の生々しさ。本稿では細かい違いについても触れていますが、本作は基本的に「完成版と局所的に異なる」というものではありません。どのパートも聴いた瞬間にまるで違っている。ミックスもラフでリズム隊も生が丸出しなら装飾も極めて少なく、まるで5人だけのスタジオライヴかのよう。本作には3曲とも生々しいバージョンが収録されていますが、生っぽさではこのテイクが一番です。「シベリアン#2」は短尺ながらグッと完成版に近づいたバージョン。ギターソロもジョンのスキャットも入っていますし、コーラスや装飾もかなり施されています。ただ、エフェクト類はまだまだラフで、試行錯誤の詰めに入ったようなバージョンです。ラストの「シベリアン#3」もほぼ同じような段階で、「シベリアン#2」の後半部分かも知れません。
【完成版マルチから抜き出された個別テイク】
そんなデモだけでもお宝ですが、本作ではプレス化に際して更なる『危機』のスタジオ・サウンドボードを追加収録しました。それはアルバム3曲の抜き出しトラック。「危機」と「シベリアン・カートゥル」はリズム隊(ベースとドラム)で、「同志」はギターとドラムのトラックだけのものです。演奏そのものは完成版と同じながら楽器2つだけを抜き出した生々しさは絶大で、ちょっとしたベンドやタム回しにいたるまで演奏の微細部が超ビビッド。曲の骨子も丸わかりです。本編デモと違って音楽として楽しめるものではありませんが、転調等でガラッと表情の変わる演奏の面白さは完成版を遙かに凌ぐ。何より、奇跡を生み出していったパーツの1つひとつが丸出しになる面白さが堪えられないテイクです。以上、全11テイク・76分43秒の秘宝集です。デモと言うよりはスタジオ・アルバムと呼びたいサウンドクオリティ、音楽作品としても完成度。そして何より、奇跡が積み重なって超名盤『危機』を形づくっていった過程も詳らかにする超極上のスタジオ・サウンドボード録音です。幾多のデモ・アルバムとは次元の異なる歴史的な1枚。
Demos & Outtakes, Isolated Tracks STEREO SBD (76:43)
DEMOS & OUTTAKES Close To The Edge 1. Version 1 2. Version 2 3. Version 3 And You And I 4. Version 1 5. Version 2 Siberian Khatru 6. Version 1 7. Version 2 8. Version 3 ISOLATED TRACKS 9. Close To The Edge (Bass & Drums) 10. Siberian Khatru (Guitar & Drums)
11. Siberian Khatru (Bass & Drums) Jon Anderson - Vocals Steve Howe - Guitars, Vocals Chris Squire - Bass, Vocals Rick Wakeman - Keyboards Bill Bruford - Drums