本作の正体とは、『危機』のオリジナルUK盤。それも原点の中の原点たる「マトリックス1」からダイレクトにデジタル化されたものなのです。ご紹介した事がありますが、本作はさらに冒頭部の(微少な)針パチも丁寧にトリートメントし、史上最高峰サウンドで『危機』を体験できる1枚なのです。音質にこだわってこられた方にこれ以上の説明は不要でしょうから、そうでない方のために話を続けましょう。「マトリックス」とは、LPをプレスための金型い刻まれた番号。詳細は省きますが、この番号が若いほど初期のものとなります。その中で特別なのが本国盤の「マト1」です(本作のタイトルにある「A1」「B1」とは、A面用・B面用のマト1を意味します)。文字通り、最初に製造された金型なのですが、通常「マト1」が製造される際には、アーティスト自身やプロデューサー、エンジニアなど、レコード製作に関わったスタッフが入念にチェックを入れる。その後、アルバムが売れるほどに何度も金型を作りなおす事になるのですが、その際にはチェックは入らない。つまり、「マト1」とはスタジオ現場で飽きるほどマスター・テープを聴いてきた当事者達が「これこそ本物」と太鼓判を押したサウンド。例えば、KING CRIMSONの『クリムゾン・キングの宮殿』ボックスではわざわざU.K.オリジナル初回盤からデジタル化したディスクを入れた事もありましたが、それほどまでに特別な盤なのです。そして、本作はその『危機』版。そのサウンドは………筆舌に尽くしがたい。まさに奇跡の音です。各楽音が織りなす立体感だけでなく、1音1音に宿る奥行き感も絶大で、立ち上がりから消えゆく刹那までどこまでの自然。シンバルなどの金物の鳴りの美しさと言ったら……。しかも、単に高音質なだけではなく「本物感」が宿っている。幾度となくリリースされてきたデジタル・リマスター盤もイコライジングで立体感を演出していますが、それとは明らかに異なる。アナログ由縁の密度が素晴らしく、本来音には存在しない質量まで感じる現実感。「本物を再現した」のではなく、「これこそが本物」。まさしく、マスター・テープに吸い込まれたサウンドに最も近いサウンドで『危機』が流れ出すのです。『危機』こそ歴史上の至盤。バンド「YES」の存在そのものさえ超越するであろう音楽史の奇跡です。そんな希代の作品を「本物の音」で聴く。ロック史がいかに長く、世界が広いとしても、これ以上の音楽体験が幾つあるでしょうか。そんな贅沢なひとときをくれる1枚。
Taken from the Original UK LP (K 50012) Matrix A1/B1 (37:55)
1. Close To The Edge 2. And You And I 3. Siberian Khatru