日本が世界に誇るボブ・ディランのライブアルバム「BOB DYLAN AT BUDOKAN」の惜しまれる点は、何といってもコンサート完全収録でなかったことでしょう。もっとも本アルバムがリリースされた当時にコンサートを完全収録したライブアルバムの概念はなく、1976年のライブアルバム「HARD RAIN」に至ってはLP一枚というボリュームでのリリースであったのだから致し方ありません。そんな「AT BUDOKAN」の編集で一番惜しまれるのは、オープニングナンバーの「Love Her With A Feeling」がカットされてしまったということではないでしょうか。1978年のワールドツアーは毎晩ブルースカバーで幕を開けていましたが、これこそエキサイティングなオープニングだったというのに。そこがアルバムに収められなかったのではライブの全体像が伝わって来ない。そもそも本アルバムは2月28日と3月1日の武道館という二日間の録音からの複合編集であり、一ショーの完全収録からも程遠かったのです。そんなマニアの留飲を下げてくれる名盤がひっそりとリリースされていたのは1999年のこと。トレーダー間にも出回っていなかったマスターカセットから往年の来日公演をリリースしていた古のレーベル、リール・マスターズから「MARTIAL ARENA」というタイトルが出されていたのです。これが初登場かつ音質抜群のステレオ・オーディエンス録音であったにもかかわらず、意外なほど注目を集めませんでした。それは一重に「AT BUDOKAN」の中核をなした3月1日を録音していたせいだったように思えてなりません。つまり「MARTIAL ARENA」は同日の模様をライブアルバムと違い完全収録してくれていた点に大きな意味があったということがリリース当初には全く伝わっていなかったのです。確かに大半のテイクがライブアルバムに採用された訳ですが、先の理由からカットされた曲やテイクも多数存在します。例のオープニングはもちろんですが、ライブ終盤「The Man In Me」以降はカットされたり前日の録音が採用されたりと、「AT BUDOKAN」ではまったく聞かれないパートなのです。そして何よりもライブアルバム以上に1978年3月1日にの武道館での一夜を克明に再現してくれるドキュメントとしての価値があまりにも大きい。おまけに音質が抜群にイイ。いわゆるサウンドボード的な音像とは違いますが、それでもかなり近めな音像な上、とにかくテープの鮮度が抜群。恐らくカセットの保存状態が良かったのでしょう、78年3月1日、武道館での空気をたっぷりと吸い込んだリアリティは格別。オープニングの「A Hard Rain's A-Gonna Fall」インストから「Love Her With A Feeling」の序盤まではマイクを出すのが遅れて音がこもっていますが(それでも鮮度の良さは伝わってくる!)以降は素晴らしい見晴らし…というか武道館そのものと呼びたくなる質感の音へと。また初来日公演はディランというカリスマの初見参というインパクトに78年型モードのディラン初披露というギャップが日本のオーディエンスを戸惑わせたと言われがちですが、当のディランがどの地であろうとローリング・サンダー・レビューの再現をするはずもなく、このツアーの魅力がリアルタイムで報じられなかったことは本当に惜しまれます。あれから40年以上の歳月が経過し、1978年のワールドツアーもようやく正当に評価されるようになりましたが、このツアーにおける最大の魅力、それは「シンガーとしてのディラン」です。ローリング・サンダー・レビューで荒々しいロックサウンドを満喫(そして飽きた…笑)ディランは40代を目前にして円熟を意識。そこで彼はシンガーかつエンターテイナーを目指そうと、フランク・シナトラなどをマネージメントしていた会社と契約。この事実だけでもディランがどのような方向性を目指していたのかは明白だったのですが、当時はまったく理解されませんでした。それと同様にローリング・サンダー・レビューとはまったく違うゴージャスなサウンドの大所帯バンドにはフィル・スペクターのセッションで活躍していたスティーブ・ダグラスといった名手が加入。後にディランは「二度と組めないほどの豪華メンバーだった」と振り返るのも当然だったのです。一方で原曲とかけ離れたアレンジが賛否両論を巻き起こした訳ですが、例えば「Blowin' In The Wind」や「Just Like A Woman」といった代表曲をスローなバラード・アレンジに仕立ててディランがじっくりと歌いこむ。そこにこそ78年ツアーの魅力が現れています。どちらも「AT BUDOKAN」にも採用された名演ですが、特に「Blowin' In~」ではディランが歌い始めた時の暖かな拍手の盛り上がりがいかにも昭和の日本らしく、しかもリアルに伝わってくる。これぞオーディエンス録音が本領をする場面かと。また「AT BUDOKAN」に収録されなかったのは元より、日本からオーストラリアまでの極東日程でしか演奏されなかった短命レパートリー「I Threw It All Away」のR&Bチックなスロー・バラード・アレンジがまた絶品。そもそもツアーのスタート地点だったことから後のステージより慎重な演奏ぶりが伝わってくる初来日公演ですが、だからこそバラード・アレンジなレパートリーでのディランの歌いっぷりが映える。なおさら「I Threw It All Away」は素晴らしい。ディランの初見参に固唾をのんで見守った日本のオーディエンスのマナーの良さ(確かに盛り上がりには欠けるのですが)がこうしたディランの歌いっぷりの聞きこみやすさを後押ししてくれるのも今となってはプラスに作用しているのでは。そして極めつけは武道館コンサートならではの空気感を完璧なまでに捉えてくれた録音。1999年の「MARTIAL ARENA」リリース時にはカセットのヒスノイズを消すべくドルビー系のイコライズが加えられていたのですが、あれから20年が経過し敢えてヒスノイズを抑え込まずマスターカセットのナチュラルでウォーミーさを活かした作りは「MARTIAL ARENA」とはまるで別物。ようやく音源本来の魅力をCDの中に封じ込めることに成功したのだと断言したくなるアッパー感。この抜群の聞き心地をスピーカーから大音量で鳴らせば78年3月1日の武道館へとタイムスリップ!「MARTIAL ARENA」(Reel Masters, 1999年リリース)のマスター・カセットを使用。
Live at Budokan, Tokyo, Japan 1st March 1978 TRULY PERFECT SOUND(from Original Masters)*UPGRADE
Live at Budokan, Tokyo, Japan 1st March 1978 TRULY PERFECT SOUND(from Original Masters)*UPGRADE
Disc 1 (62:40) 01. A Hard Rain's A-Gonna Fall 02. Love Her With A Feeling 03. Mr. Tambourine Man 04. I Threw It All Away 05. Love Minus Zero / No Limit 06. Shelter From The Storm 07. Girl From The North Country 08. Ballad Of A Thin Man 09. Maggie's Farm
10. One More Cup Of Coffee (Valley Below) 11. Like A Rolling Stone 12. I Shall Be Released 13. Is Your Love In Vain? 14. Going, Going, Gone
Disc 2 (66:28) 01. One Of Us Must Know (Sooner Or Later) 02. Blowin' In The Wind 03. Just Like A Woman 04. Oh, Sister 05. I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met) 06. You're A Big Girl Now 07. All Along The Watchtower 08. I Want You 09. All I Really Want To Do
10. Knockin' On Heaven's Door 11. The Man In Me 12. Band Introductions 13. It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding) 14. Forever Young 15. The Times They Are A-Changin'