ボブ・ディランの「BIORGRAPH」ボックスは大物アーティストのキャリアを総括してみせたボックスセットとして1985年にリリースされると大きな話題とセールスを記録しました。それまでのキャリアを振り返るような選曲を複数のディスクにまとめるのはもちろん、今までお蔵入りしていた曲や音源を散りばめたことが目玉となって、以降のボックスセット・リリースの指針となるほどの成功を収めました。このボックスがリリースされたのはCDというフォーマットでのリリースと合わせたこともあって1985年でしたが(CDボックスというパッケージも大きな成功を収めた)企画自体は1983年から始まっています。その証拠にボックスの収録曲は1981年までにリリース、あるいは録音された曲ばかりとなっており、85年リリースともなれば収録されたとしてもおかしくなかったヒット・アルバム「INFIDELS」から一曲も採用されていません。また早い段階からボックスセットの情報はリークしており、大まかな内容も84年頃には漏れ伝えられていたものです。83年の段階で「BIORGRAPH」に収録される未発表音源はほとんど確定していたのですが、いくつかの音源は85年のリリース時になって収録が見送られたものもありました。さらにはいくつかの曲の編集にも変化が見られます。そうした83年当時の制作過程を垣間見させてくれる貴重音源が昨年末にひっそりとネット上に現れました。それが当時の制作過程をダビングしたカセットからダビングされた音源。さすがに大半がオフィシャル音源であったことから、同ボックスの売りとなった未発表音源のパートだけの収録ではありますが、その中には驚くべき音源が含まれていたのです。ディランの専門書などには当初「Temporary Like Achilles」の原曲である「Medicine Sunday」と「If You Gotta Go, Go Now」も「BIORGRAPH」に収録されるはずだったと記されていました。それを裏付けてくれたのが今回の音源。確かにそれらが含まれているだけでなく、他の未発表音源と同じように「BIORGRAPH」用のミックスまで施されていたとは。同ボックスに収録された60年代の未発表音源は総じてエコーが加えられる傾向があったのですが、これら二曲に関しても同様の仕上げが施されていたのです。つまり、リリース可能なお蔵入りミックスが今回発掘されたということ。これら二曲の未発表ミックスが収録されているだけでも十分に驚きをもたらしてくれるのですが、後に「BIORGRAPH」へ採用された未発表音源に関しても、いくつかの違いがみられました。まずは「Abandoned Love」。アルバム「DESIRE」のアウトテイクで隠れた名曲として人気がありますが、ここではディランが歌いはじめる前のスタジオでのやり取りがカットされずに聞かれます。「Jet Pilot」はリリース時にはイントロが短縮されていましたが、ここではノーカット。そして「I'll Keep it with Mine」もテイク数がコールされる場面から収録されていますが、これに至ってはは何と2015年リリース「THE CUTTING EDGE 1965-1966」ボックスよりも収録時間が長いのだからマニアは聞き逃させません。「I Don't Believe You」や「Visions of Johanna」といった1966年ツアーからのテイクに関しても、後のボックスより演奏の前が長くされるなど、これらはリリース前ならではのいわば「ラフミックス」状態で収録されているのです。こうした貴重なミックスが収録されていたにもかかわらず、今回の音源は登場してすぐにネット上から姿を消してしまいました。大半が「BIORGRAPH」そのものと呼べる内容なのにカセットコピーの音源でピッチが高く、現在のリマスターされたCD音質には遠く及ばないからでしょうか。ところがそうしたコピーによって劣化したアナログチックな音質も「Lay Down Your Weary Tune」のようなフォーク時代の弾き語りソングにはむしろ打ってつけなように聞こえてしまうから面白い。そして今回リリースに際しては高かったピッチをアジャスト、さらに後のリリース版と差異が無い「Quinn the Eskimo」と66年マンチェスターの「It's All Over Now, Baby Blue」をカットし、一枚のディスクに収まるようまとめました。あの「BIORGRAPH」にラフミックスが存在したという衝撃の発掘。しかも別ミックスの未発表音源が含まれるとは、何たるゴージャスさ!
「BIORGRAPH」リリース時に収録されなかった曲Medicine Sunday / If You Gotta Go Go, Now リリース版より収録時間が長い曲 Abandoned Love / I Don't Believe You / Jet Pilot / I'll Keep it with Mine / Visions of Johanna
BOB DYLAN - BIOGRAPH WORKING TAPE 1983 (73:32)
1. You're a Big Girl Now (New York sessions to Blood on the Tracks outtake) 2. Heart of Mine (live in New Orleans August 1981) 3. Abandoned Love (Desire outtake) 4. Caribbean Wind (Shot of Love outtake) 5. Up to Me (New York sessions to Blood on the Tracks outtake)
6. Romance in Durango (Live at the Montreal Forum 4th December 1975) 7. Percy's Song (The Times They Are A-Changin' outtake) 8. Lay Down Your Weary Tune (The Times They Are A-Changin' outtake) 9. Baby, I'm in the Mood for You (The Freewheelin' Bob Dylan outtake)
10. I Don't Believe You (Live at the ABC Theatre, Belfast 6th May 1966) 11. Jet Pilot (Blonde on Blonde outtake) 12. I Wanna Be Your Lover (Blonde on Blonde outtake) 13. I'll Keep it with Mine (Bringing It All Back Home outtake) 14. Medicine Sunday a.k.a. Midnight Train (Blonde on Blonde outtake)
15. If You Gotta Go Go, Now (Bringing It All Back Home outtake) 16. Visions of Johanna (Live at RAH, London 26th May 1966)