カリフォルニアのロック・シンガーから偉大なスタンダード・シンガーへと羽ばたこうとしていた80年代初期のリンダ・ロンシュタット。そんな彼女のターニング・ポイントに制作された幻のスタジオ・アルバムがリリース決定です。本作は、未発表に終わったリンダのスタジオ作品『KEEPING OUT OF MISCHIEF』。1981年のニューヨークで正式に制作されたスタジオ・アルバムです。当時の彼女はブロードウェイのミュージカルやオペラにも挑戦し、ロックに止まらない幅広い活躍の場を求めていました。その意欲はアルバム作りにも及び、プロデューサー:ジェリー・ウェクスラーを迎えてジャズ・スタンダードの名曲カバー作品に挑戦したのです。アルバムは完成し、レコード番号まで決まったのですが、出来に自信が持てなかったリンダは発売を中止。改めてロックな『GET CLOSER』を発表するのです。そうして未発表となったスタジオ作品こそが本作。発売直前まで行ったことからもご想像いただけると思いますが、デモやリハーサルの類ではなく、完全に完成されたアルバム。その中身は『WHAT’S NEW』の初期バージョンと言うこともできる。かの大ヒット作の全9曲中、タイトル曲と「Guess I'll Hang My Tears Out to Dry」以外の7曲がすでにレコーディングされており、さらに『LUSH LIFE』で再録される「Falling in Love Again」、『HUMMIN’ TO MYSELF』で取り上げられる「Never Will I Marry」も初期バージョンで収録。80年代のステージで何度か歌った「Keeping Out of Mischief Now」もスタジオ録音されています。もちろん、曲は同じでも趣きはまるで違う。アレンジを務めたのはジェリー・ウェクスラーで、オーケストラを大胆に導入した『WHAT’S NEW』とは異なり、グッとシンプルなバンド・スタイル。しかし、それが実に本格的。何しろ、バックを務めるのは50年代から70年代にかけて活躍した著名なジャズメン。エラ・フィッツジェラルドの伴奏でも知られるトミー・フラナガン(ピアノ)やジョージ・ムラーツ(ベース)、ソロやRED NORVO TRIOで50年代に活躍したタル・ファーロウ(ギター)、ポールの「あの娘におせっかい」でロックファンにも知られるトム・スコット(サックス)等々、豪華なミュージシャン達が一堂に会しているのです。そして、そんなジャズバンドを従えたリンダの歌声がまた素晴らしい。当時35歳の歌声は円熟味を滲ませつつ、新たな世界に挑戦するフレッシュな情熱に溢れている。一本気にロックする彼女も魅力的ですが、すでにその狭い世界では収まりきれない大きな可能性を感じさせるのです。リンダ自身が本作に満足できなかったからこそ名作『WHAT’S NEW』が生まれ、後の飛躍へと繋がった。その意味では消えるべくして消えたスタジオ作品ではありますが、それは出来が悪かったのではなく、方向性の問題だったのでしょう。世界に名の知れたジャズメンによる匠のアンサンブルは絶品で、シンプルなサウンドの上で時にしっとりと、時に力強いリンダの歌声は実に素晴らしい。『WHAT’S NEW』の試作品ではなく、堂々と姉妹作と呼びたい幻の名盤。
Recorded in New York, 1981 STEREO SBD Recorded by Jerry Wexler over four days in New York sometime in 1981, Linda Ronstadt decided she was not ready to be a torch singer and abandoned this album to record Get Closer, her final rock album...(34:39)
1. Falling in Love Again 2. Crazy He Calls Me 3. Keeping Out of Mischief Now 4. Lover Man 5. Never Will I Marry 6. I Don't Stand A Ghost Of A Chance With You 7. Someone to Watch Over Me 8. I've Got a Crush On You 9. What'll I Do 10. Goodbye