
ポール・マッカートニーがウイングスを率いて初のワールド・ツアーに出たのは1975年である。地方の大学をまわってサプライズ・ギグを行なっていた時代から僅か3年余りで、バンドをゼロから世界規模に成長させたポールの才能は特筆すべきであろう。 何よりビートルズ解散した時点で、ポールのソロでの成功を疑うものはいなかったはずである。そしてビートルズ時代と変わらないのは、アメリカでの成功こそショウビジネス界での成功と等しいという点である。ポールの標準はアメリカン・ツアーの成功に向けられていた。1972年に欧州を回り、1973年は初めて英国内でツアーを行なった。『BAND ON THE RUN』はアルバムとしてヒットし、「My Love」などシングル・ヒットも得た。さらに1975年5月には後にツアーを共にするメンバーでレコーディングした『Venus And Mars』がリリース。シングル『あの娘におせっかい』が全米ナンバー1となる。ここで機は熟したと判断したのであろう、1975年から1976年に向けてウイングスはワールド・ツアーを敢行するのであった。 あくまで目標はアメリカでの成功である。そのため入念な準備が必要であった。ポールは常にニューヨークやロサンゼルスなど大都市からツアーを始めることはせず、地方の小都市から初めて中央に向かっていくような、まるで田中角栄の選挙活動のような日程を好んでおり、それは現在も変わらない。この時は規模が世界的なだけに、まず1975年9月いっぱいかけて英国内でツアーを行なった。同年11月には11年ぶりにオーストラリアを訪れている。この間、日本公演が中止になるというトラブルもあったが、新生ウイングスは各地で喝采を浴び大成功を収めた。世界を「地方」から攻め、後はアメリカに挑むのみであった。 アメリカン・ツアーは1976年5月3日フォートワースが初日であるが、ジミーの指の怪我がなければ当初4月から始まる予定であった。ウイングスが1975年の最後にステージに立ったのは11月14日メルボルンである。これでは約5か月ものブランクが空くことになる。万全を期するために演奏勘を取り戻す意図もあったのであろう、渡米直前の3月に、わずか5公演のみのミニ・ツアーを行なったのである。それが以下の日程である。
1976年3月20日 コペンハーゲン 1976年3月21日 コペンハーゲン 1976年3月23日 ベルリン 1976年3月25日 ロッテルダム 1976年3月26日 パリ
日付を見てわかる通り、まさにアメリカン・ツアー直前であり、バンドの演奏を暖めるべくわずか1週間で5公演という過密なスケジュールでツアーを行なったのである。本作はこのミニ・ツアーより、3月21日コペンハーゲン公演と続く3月23日ベルリン公演の2公演を収録している。アメリカン・ツアーが豊富に音源が音盤化されているのに対し、このミニ欧州ツアーは既発盤こそあるもののタイトル数は少ない。しかし内容的にも非常に珍しく興味深いものであり、アメリカン・ツアーとは異なるステージはファンとしては見逃せない内容となっている。 おそらく本作を手にとるマニアは1975年のタイトルをいくつか所有しているであろう。1975年にツアーが始まった時点では『SPEED OF SOUND』が未リリースであり、セットリストに「心のラブソング」や「愛の証」など、後にハイライトとなる楽曲が含まれておらず、「Little Woman Love」と「C Moon」のメドレー、さらに「Soily」がステージ途中に演奏されるなど、まだステージ構成が手探りな状態であった事が知られている。それはオーストラリアでも変わらず、シングル「Junior’s Farm」が後半に演奏されたりと、最も効果的なセットリストと曲順を模索していたかのようである。『SPEED OF SOUND』がリリースされたのが1976年3月である。通常であらば1975年で経験値を積みそのままアメリカに乗り込むところであろうが、ダメ押し的に渡米前にニューアルバムをリリースするところ、いかにポールがこのアメリカン・ツアーにかけていたかが伺える。 『SPEED OF SOUND』からは「幸せのノック」「心のラブソング」というヒット曲が生まれ、デニー・レインがステージで毎回歌う事になる「やすらぎの時」も収録されている。当然ニューアルバムの曲をセットリストに組み込み、ステージで演奏することでアルバム・セールスとの相乗効果を目論んだ事は想像に難くない。しかしリリースされたばかりの『SPEED OF SOUND』収録曲は前年のツアーで一度も演奏していない。そこで1975年のセットリストに『SPEED OF SOUND』を加えた新たな構成にし、5カ月のブランクを埋めるべくのみならず、渡米前の最終確認の意味でも、このミニ・ツアーが組まれたのである。実際に見てもらえればわかる通り、セットリストは1975年から大幅に変更になっている。 『SPEED OF SOUND』の楽曲が初めてステージで演奏されたのはもちろんのこと、特に注目すべきは「あの娘におせっかい」がアンコール直前で演奏されている点である。ポールがピアノに座って演奏するため、後のアメリカでは「My Love」などと並んで演奏されていたのだが、ここではベースで歌う「ワインカラーの少女」の後に再度ピアノに移り「あの娘におせっかい」を演奏するという変則的なものとなっている。ヒット曲だけに会場の盛り上がりを期待してこの位置で演奏されたのだろう。改めて1975年から1976年の日程、そしてセットリストを見ると、ポールの恐ろしいまでのアメリカでの成功に対する意気込みを感じさせられる。1975年から始まるワールド・ツアーの頂点(アメリカ)に向かって壮大な助走期間を設け英国と欧州をまわった。さらにダメ押しでニューアルバムを発表。セットリストに新たに加えてミニ・ツアーで初披露し、それをアメリカン・ツアーのハイライトに持ってくる。ビートルズが初めて渡米する直前に「抱きしめたい」がナンバー1ヒットになったように、あたかもウイングスのツアーに合わせるかのように『SPEED OF SOUND』からヒット・シングルが生まれ、ポールの才能は運をも引き寄せているかのようだ。このようにセットリストに熟考を重ねた結果が、あのアメリカン・ツアーの高度に洗練されたステージなのである。本作は渡米直前のミニ欧州ツアーより、コペンハーゲンとベルリンの2公演を収録したタイトルである。
FALKONER THEATRE COPENHAGEN DENMARK MARCH 21, 1976
DISC ONE
01. Venus And Mars - Rock Show - Jet 02. Let Me Roll It 03. Spirits Of Ancient Egypt 04. Medicine Jar 05. Maybe I’m Amazed 06. Call Me Back Again 07. Lady Madonna 08. The Long And Winding Road 09. Live And Let Die 10. Picasso's Last Words 11. Richard Cory 12. Bluebird 13. I’ve Just Seen A Face
14. Blackbird 15. Yesterday 16. You Gave Me The Answer 17. Magneto And Titanium Man 18. My Love 19. Let 'Em In
DISC TWO
01. Silly Love Songs 02. Beware My Love 03. Letting Go 04. Listen To What The Man Said 05. Band On The Run 06. Hi Hi Hi 07. Soily
DEUTSCHLANDHALLE BERLIN GERMANY MARCH 23, 1976
DISC TWO
08. Venus And Mars - Rock Show - Jet 09. Let Me Roll It 10. Spirits Of Ancient Egypt 11. Medicine Jar 12. Maybe I’m Amazed 13. Call Me Back Again 14. Lady Madonna 15. The Long And Winding Road 16. Live And Let Die
DISC THREE
01. Picasso's Last Words 02. Richard Cory 03. Bluebird 04. I’ve Just Seen A Face 05. Blackbird 06. Yesterday 07. You Gave Me The Answer 08. Magneto And Titanium Man 09. My Love 10. Let 'Em In 11. Silly Love Songs 12. Beware My Love 13. Letting Go 14. Listen To What The Man Said
15. Band On The Run 16. Hi Hi Hi 17. Soily