マイルスの全キャリアの中でも最も信頼を寄せていた天才キース・ジャレットとの現存ほぼ最後の唯一の本国ライヴ!ディジョネットも緊急参戦で驚愕の狂乱、さすがニューヨーク!燃えかたが違う!演奏最高、音質最悪だったあの名演奏が超高音質にて鮮明に甦った決定版がつ、つ、ついに降臨!!マイルスは後年、かつてのメンバーと共演するなら誰がいいか?という問いに、彼が挙げたのはキース・ジャレットひとりだけだった。マイルスはキースがお気に入りだった。そんなキースとの楽しいランデブーの終焉が間近に迫った1971年11月26日ニューヨークのフィルハーモニック・ホールでの、まさにキース・ジャレット在籍期マイルス・グループの集大成!狂熱のライヴが、アナログ起こしのジャズ・マスターズ盤からは信じられないくらいの超高音質にて鮮明に甦った決定版が入荷しました!!キースが加わったことで低音部(ベース・ライン)のオーケストラ化を図ろうとしたマイルス。つまりキースのオルガンがベースとダブルでラインを弾くことによって微妙なズレを引き起こし、そのズレがマイルスを触発した。そしてチック・コリアとデイヴ・ホランドがグループを離れると、ジャズとは全く違うリズム感を持つベーシストのマイケル・ヘンダーソンが加入。ここに当時のマイルスが狙っていた、70年代マイルスの肝といえる究極のリズムの探求が始まる。それはジャズでもなく、ロックとも違うし、ソウル・グループとも違う。メンバーだったゲイリー・パーツは当時のマイルス・グループをファンクをベースにしたフリー・ミュージックと言っていた。言い得て妙である。さらにキース最後のヨーロッパ・ツアーではドラムがジャック・ディジョネットからレオン・チャンスラーに代わり、パーカッションもアイアートからエムトゥーメとドン・アライアスのツイン・パーカッションとなった。しかしマイルス、ヨーロッパからアメリカに戻り、あと数公演のみでのキースの脱退が迫り、キースとの最後のケジメをつけるためかどうかは別にして、当時の暴れん坊将軍ジャック・ディジョネットを呼び寄せニューヨークという最高のシチュエーションで最後に相応しい熱狂のライヴを繰り広げる!さらにマイルス、このバンドですべてをやり終えつつあることも感じ取ったのか、本公演での「ホワット・アイ・セイ」でのそれまでにない狂乱のリズムを聴いていると、次のステージ、そう「オン・ザ・コーナー」の足音が聞こえるのだった!!ロックを通過し、ファンク・ミュージックをも消化して独自の音楽を築いた最初のステップを集大成した、天才キース・ジャレット在籍のマイルス・バンド最後の勇姿を耳に焼き付けてくれ!!