人気の“モービル・フィディリティ”のCD復刻シリーズ。その最新弾がリリース決定です。アナログ・マスター専門メーカーの“モービル・フィデリティ・サウンド・ラボ(MFSL)”と言えば、世界のオーディオ・マニア達が絶大な支持を寄せる信頼のブランド。音の匠が情熱の限りを込め、大名盤の数々をマスター・テープからデジタル化していきました。そんなシリーズの中で、本作に収められているのは1998年にリリースされたCD『UDCD 720』。JETHRO TULL究極のプログレッシヴ・レコード『パッション・プレイ』です。マスターテープ・サウンドを最重視したモービル・フィディリティアナログ作品のCD化が最盛期を迎えた90年代には高音質CDが数多く登場しましたが、その中でもMFSLは別格でした。他の高音質CDは新技術によって圧縮の違和感を減らしたり、素材で読み取りエラーを減らしたりといった「デジタル劣化を抑える」発想のもの。それに対してMFSLのポリシーは「マスターテープに刻まれた音を忠実に再現し、余分なものを足したりしないこと」。磁気テープから音を引き出す段階にも目を向けた独自の“ハーフスピードマスタリング”技術を開発するなど、“アナログ録音された音そのもの”を最重視にしているのです。そんなMFSLは1987年からレコード会社からオリジナルのマスターテープを借り受け、数々の名盤を1本1本緻密にデジタル化。マスターテープの音をCDに移し替えていく“Ultradisc”シリーズをリリースして行きました。現在はSACDやLPの分野にも進出していますが、本作は90年代の前半期にCD化していたというのもポイント。磁気テープのマスターは経年劣化に弱く、時間が経てば立つほど録音当時の音が失われていく。テープが歪んだり張り付いたりといったケースもありますが、たとえ精密に保管されていたとしても磁気の消失までは防げない。現在では、マスターテープそのものより物理的な溝で記録するLPの方が音が良かった……などという事態も起こりつつあるのです。その点においても“Ultradisc”シリーズは偉業だった。CDの普及期にあった80年代から始められており、高音質を謳う新技術CDの登場よりも早くにマスターテープの音をデジタルに残したのです。バンドの呼吸感まで精密に再現される「本来のパッション・プレイ世界」そうして“録音から25年”時点のマスター・サウンドを伝えてくれるのが、本作の『パッション・プレイ』。よくある2トラック仕様とは違って細かくトラック割りされているのも嬉しいですが、そんな事より重要なのはサウンド。バンドの呼吸感までリアルなナチュラル感が素晴らしいのです。パッと聴いて感じるのは、アンサンブルの「スキマ」でしょうか。現行リマスターCDは音圧稼ぎの結果なのか、すべての楽器を強調するスタイルでイコライジングされている。楽器1つの1音1音のアタックが強く、残響も厚め。まるでリスナーに対して「こんな音まで入っていたんだぞ!」と言わんばかりに「すべて」が強調されています。その意図も効果も分かりますが、音楽作品として全体を俯瞰するとやり過ぎでもある。バンド全体でテーマ演奏するパートでは全部が全部強力でゴチャゴチャ。まるで四方八方から音をぶつけられて息が詰まりそうです。ところが、本作は違う。1音1音をわざとらしく強調するのではなく、記録された「素の音」を微細部まで再現するタイプ。そのため、輪郭もくっきりと切り立つ一方でピークが突き出すわけでもなく「スキマ」が活きているのです。この感覚を視覚的に喩えるなら『パッション・プレイ』のアートワークが良いでしょうか。ナチュラルな本作がオリジナル通りに格調高いモノクロの劇場イメージだとするなら、現行リマスターCDはまるで満員電車。倒れたバレリーナまで踏みつけられてしまいそうな「密度/押し合い」のサウンドなのです。バンド全体で満員になるのなら、音数の少ない弾き語りパートなら現行リマスターCDの方が良いのか?というと、さにあらず。そうしたパートでは強調された1音1音のピークが槍のように耳を突き、周囲が弱音だからこそ鋭く痛い。本来であれば、静かに滋味深く表現したいからこその弱音パートなのに、マスタリング・エンジニアの主張「こんな音まであるんだぞ! 気づいてるか!」ばかりが気になってしまうのです。なんだか現行リマスターCDの悪口ばかりになってしまいましたが、これを逆に返せば本作の美点という事。後年のエンジニアの主張ではなく、バンドが聴かせたい音・アンサンブルを素直に、そして精密に再現している。JETHRO TULLが描こうとした「パッション・プレイ本来の世界」にマスター・サウンドで没入することができるのです。“モービル・フィディリティ”によるCDだからこそ現代まで保持し得た大名盤のマスター・サウンド。今になって現物を手に入れようと思っても、元々が少数限定生産なために困難。その美麗サウンドを1人でも多くの方に触れていただくためのリリース。Taken from the original US Mobile Fidelity Sound Lab CD(UDCD 720) Ultradisc II CD from Mobile Fidelity Sound Lab "Original Master Recording" Collection1. Lifebeats 2. Prelude 3. The Silver Cord 4. Re-Assuring Tune5. Memory Bank 6. Best Friends 7. Critique Oblique 8. Forest Dance #1 9. The Story Of The Hare Who Lost His Spectacles 10. Forest Dance #2 11. The Foot Of Our Stairs 12. Overseer Overture 13. Flight From Lucifer 14. 10.08 To Paddington 15, Magus Perdé 16. Epilogue