モンスター・アルバム『Thriller』がどのようにして作られていったのか、可能な限り時系列でマイケル・ジャクソンのデモ、オルタネイト・バージョン、未発表曲を並べ検証していきます。今回はその第一弾となります。アルバム『Off The Wall』は大ヒット、ビルボード200で最高4位を記録し、賞を総なめにしつつ何百万枚も売れました。しかしグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を逃したため、マイケルはポップの主流に更に食い込む必要があると強く感じます。ですがその前にジャクソンズのアルバムをもう1枚完成させる必要がありました。80年の『Triumph』は、ヒット・シングル3曲 (「Lovely One」、「This Place Hotel」、「Can You Feel It」) が収録され、そのタイトル「勝利」はマイケルのソロでの更なる成功を暗示していたと言えます。『Thriller』の曲の一つは既に『Off The Wall』の制作時に作られていました。それが『Thriller』のオープニング曲「Wanna Be Startin' Somethin'」です。78年11月に作曲、録音されました。元は妹のラトーヤへの曲で、他の姉妹との関係についての報道に対する返答として書かれましたが、その時点でのリリースは実現しませんでした。そこでマイケルは『Off the Wall』 用にと録音しますが、既にアルバムのリリースが予定されており、収録させることは出来ませんでした。結果として、この曲は78年の時点では完成とはならなかったのです。その音源が(1978 Demo)です。そしてジャクソンズの『Triumph』。そのアウトテイクで未発表曲「We Love You」。作曲はマイケル・ジャクソン、そしてボーカルは彼だけのもので、ジャクソンズ名義というよりはソロにも適用できる雰囲気も纏っていますが、『Thriller』の収録には検討されていません。そして『Triumph』4曲目収録のマイケルとティト作「Everybody」の英語の解説が入りますがセッション音源です。尚『Off The Wall』の「Get Down On The Floor」の歌詞とそのサウンドの影響が感じられます。そしてマイケル・ジャクソンの未発表のボーカルを含む「Wondering Who」のエクステンド・バージョン、尚#2はファンメイドです。『Thriller』のファースト・シングルはポール・マッカートニーとの「The Girl Is Mine」ですが、その制作の一年以上も前にポールとマイケルがコラボレーションしている曲があります。それが 83年8月5日にリリースされた「Say Say Say」です。ポールのグループとしてもソロとしても今の所最後のナンバー・ワン、そしてソロとしてなら最大のヒット曲、またR&Bチャートでも2位になっています。実はマイケルにとっても歴代1位のメガヒットなのです。よって「Say Say Say」が『Thriller』のアウトテイクというわけではありません。81年4月に、曲の歌詞の大部分をマイケルが書き、その翌日ポールに渡されました。レコーディングは81年5月にロンドンのAIRスタジオで開始。当時ポールはウイングス解散後の2枚目のソロアルバム、82年にリリースの『Tug Of War』のレコーディング中でした。マイケルはレコーディングの間、ポールと妻リンダの家に滞在していました(78年ポールの誕生日パーティにマイケルが招待されたのが最初出会いです。そしてマイケルのために、今の彼へ君は僕の彼女なんだと伝えなきゃと歌う「Girlfriend」という曲もポールは書き、「Sunset Driver」と収録を競い最終的に『Off The Wall』に収録されます。マイケルは『Girlfriend』というアルバム名にするという話もあったそうです。後にウィングスの『London Town』にも収録されています)。 ある晩、ダイニングテーブルでポールは、自分が出版権を持っているすべての曲を載せた小冊子を持ってきました。「これが大金を稼ぐ方法さ」。「誰かがこれらの曲を録音するたびに、僕は報酬を得る。誰かがこれらの曲をラジオやライブで演奏するたびにもね。」ポールのその言葉は、マイケルが85年にATVミュージック・パブリッシングを買収するきっかけとなります。83年リリースのポールのアルバム『Pipes Of Peace』に収録された「Say Say Say」。そこでマイケルはアドリブもいくつかありますが主にフックを歌っています。歌い出しはポールです。しかし2015 Remixはサウンドはほぼそのままに、冒頭をマイケルが歌い、ポールのパートをかなり歌っている上、マイケルによるボイス・パーカッションも入っている、マイケル寄せのバージョンとなっています。ビートルズとの仕事で有名なジョージ・マーティンが「Say Say Say」をプロデュースしています。彼はマイケルとの体験について次のように語っています「彼がスタジオに入ってくる、確かにオーラを放っている。そのことに疑問の余地はない。彼はポールのような意味でのミュージシャンではないが、音楽に何を求めているかは分かっているし、非常に確固とした考えを持っている」。マイケルは自伝『ムーンウォーク』でもこの体験について語っています。プロデューサーであるクインシー・ジョーンズが彼の間違いを正すために立ち会わなかったから、このコラボレーションが自信を高めたと明かしています。マイケルは、自分とマッカートニーは対等に仕事をしたとし、「あのスタジオではポールが僕を支えてくれることはなかった」と書いています。「Say Say Say」のデモはテープレコーダーで取られたような音質ですが、ポールとマイケルが共に気持ち良い所を探し合いつつ真剣に歌っている様を堪能できます。そして「Say Say Say」の2015 Remixを含めたロング・オルタネイト・バージョンも収録しています。マイケルはプロデューサーのクインシー・ジョーンズとソングライターのロッド・テンパートンと再びタッグを組み、『Off The Wall』の続編の制作を開始します。それは音楽の主流のあらゆる基準を意図的に満たすレコードを作り上げることになるのです。彼らの最初のセッションは81年の秋に始まりました。「Who Do You Know」、その曲制作は80年の『Triumph』時期が最初でした。そしてその1年後の81年秋、『Thriller』セッション中に(まだこの頃は「Thriller」という曲は出来ていませんが、便宜上このように記します)ヘイヴェンハーストで82年2月まで制作が続けられましたが、最終的には採用されませんでした。後にジャクソンズ『Victory』のセッション中にマイケルによって作り直され、収録が検討されましたが、最終的に「State of Shock」、「Be Not Always」、「The Hurt」という他の3曲の貢献だけとなりました。「The Toy」はマイケルが単独で作曲し、81年に録音されました。『Thriller』に収録されないことが決まってからもマイケルはこの曲に取り組み続け、「I Am Your Joy」 という曲になり、その後何年も改良を重ね「Best Of Joy」 というタイトルでアルバム『Michael』(10年)に収録されることになります。「The Toy」では、それらと歌詞が一部異なっています。クインシー・ジョーンズが、リチャード・プライヤー監督の同名映画『The Toy』のサウンド・トラック用に依頼したのがきっかけです。84年のインタビューでこのことについて尋ねられたマイケルは、2人が『Thriller』に集中できるようにするためにアイデアと曲全体がボツになったこと、そしてこの曲はアルバムの曲と同じくらい、いやそれ以上に強力だと感じたことを語っています。「What A Lovely Way To Go」は元は『Off The Wall』より前に書かれた「What A Lonely Way To Go」でした。78年に『Off The Waall』セッション中に録音されましたがボツとなりました。その後81年秋に『Thriller』セッションで再び取り上げられ、タイトルが「What A Lovely Way To Go」に変更、録音、それがここに収録されたデモです。そして10年初頭にマーク・ロンソンによってリミックスされ、「Lovely Way」というタイトルで『Michael』に収録が検討、その時のリミックスのスニペットも収録しています。マイケル自作のみならず提供曲も録音されました。「She's Trouble」はビル・リヴシー、スー・シフリン、テリー・ブリテンによって書かれ、81年秋ににマイケルが歌を入れ録音されています。最終的にこの曲はボツとなり、後にスコット・ベイオのアルバム『The Boys Are Out Tonight』とミュージカル・ユースのアルバム『Different Style』に提供されています。尚09年、未完成の歌詞とつぶやきの初期デモが流出、そのバージョンと『Thriller 40』のデモ、両方を収録しました。ロッド・テンパートンが主に作曲をしたと思われる「Got The Hots」。マイケルとクインシーのクレジットもありますが、これも81年秋にレコーディングされ、そのバージョンが『Thriller 25』等に収録されています。後にシーダ―・ギャレットが変更を加えタイトルを「Baby's Got It Bad」とし彼女のアルバム『Kiss Of Life』に収録しています。ここまで『Thriller』のボツ曲ばかりが続きましたが、81年秋のセッションでマイケルにとって最も代表的な曲のデモがマイケルの作曲でレコーディングされます。「Billie Jean」81年のデモは『Thriller Special Edition』等に収録されています。マイケルが歌詞をつぶやきながらアドリブする様子が録音され、象徴的なドラムはまだ登場しておらず、代わりにリンLM-1ドラムマシンがガイドとして使用されているものです。マイケルの伝記作家、J・ランディ・タバオレリによると、「Billie Jean」は、81年にマイケルが、自分が彼女の双子の父親だと主張する女性から受け取った手紙にインスピレーションを受けたと言及しています。マイケルはその女性に会ったことはなく、またそのような手紙を受け取ることに慣れていたため、その手紙を無視していました。しかし、彼女は彼を愛しており、一緒にいたいと書いた手紙を送り続け、それらの手紙の中には、彼女に関する悪夢に悩まされるほど、マイケルを不安にさせるものもありました。最終的にマイケルは、そのファンの写真、銃、そして特定の時間にマイケルが自殺するようにという手紙が入った小包の封筒を受け取ります。そのファンは、彼女が「彼らの」赤ちゃんを殺した後、彼女も自殺をして、来世で一緒になろうとしたのです。彼女の失望に、マイケルはその写真を額装し自宅のダイニングルームのテーブルの上に掛けました。後に、そのファンが精神病院に送られたことをマイケルは知ります。しかしマイケル本人によると、「Billie Jean」は彼が個人的に関わった誰かからインスピレーションを受けたのではなく、むしろ彼の兄弟たちからインスピレーションを受けたようです。「本物のビリー・ジーンは存在しないんだ。この歌の女の子は、僕の兄弟たちが長年悩まされてきた人々の合成物なんだよ。真実ではないのに、どうしてこれらの女の子たちが子供を身ごもっているなんて言うのか、僕には理解できなかったよ」。マイケル著『ムーンウォーク』88年より。1978 1.Wanna Be Startin' Somethin' (1978 Demo) 5:42 1980 Triumph Era 2.We Love You (Demo) 3:31 3.Everybody (Demo) 8:03 4.Wonderring Who (Extended Version) 9:43 5.Wonderring Who (Extended Version #2) 7:19 1981 April to May 6.Say Say Say (2015 Remix) 3:47 7.Say Say Say (Demo) 4:17 8.Say Say Say (Alternate Version) 6:56 1981 9.Who Do You Know (Demo) 5:23 10.The Toy (Demo) 3:05 1981 Fall 11.What A Lovely Way To Go (Demo) 3:55 12.Lovely Way (snippet) 0:12 13.She's Trouble (Leaked Demo) 3:46 14.She's Trouble (Demo) 4:13 15.Got The Hots (Demo) 4:25 16.Billie Jean (1981 Demo) 2:20