2003年のデイヴ・ギルモアに続き、英王室ウィリアム王子から大英帝国勲章(CBE:三等勲爵士)を受勲したニック・メイスン。その受勲式前日に行われた最新ライヴアルバムが登場です。そんな本作に収められているのは「2019年5月1日ケンブリッジ公演」。その極上オーディエンス録音です。今週は最新UKツアーから3作同時リリースとなりますので、ここで各ライヴアルバムのポジションを日程で整理しておきましょう。・4月29日『CARDIFF 2019』・4月30日『AYLESBURY 2019』・5月1日:ケンブリッジ公演 【本作】《5月2日:大英帝国勲章を受勲》・5月3日:ロンドン公演・5月4日:ロンドン公演 これが2019年イギリスの全公演。大英帝国勲章の受勲式を挟んで3日間+2日間の連日公演が行われており、今週は前半3公演の同時リリース。中でも本作のケンブリッジ公演はその最新コンサートにあたります。そんなショウを記録した本作は、まさに極上。同時リリースの『AYLESBURY 2019』の解説で録音の個性を「クリア/ダイナミック/ムード」の3タイプに分類しましたが、それに沿って言うなら本作は「ややダイナミックなクリア・タイプ」。もちろん、千差万別なオーディエンス録音を3タイプに分類するのは乱暴すぎる話であり、あえて言うなら……という感じです。サウンドボードと間違えるほど密着はしていないものの、とにかく空気感がクリスタル・クリア。ワイングラスのように輝く透明感の中を極太な芯が真っ直ぐに届き、ディテールまで超鮮やか。そして、わずかに吸い込まれたホール鳴りも濁りや曇りを起こさず、むしろ演奏音をキラキラと輝かせ、スペクタクルも演出している。まさしくクリアでダイナミックな名録音なのです。また、本作はリアルな観客の息吹も美味しい。同時リリースの他2作は演奏音がすべてを占領する感じですが、本作は現場の熱狂も吸い込んでおり、盛大な盛り上がりも感じられる。もちろん、それが出しゃばっては台無しですが、本作は違う。クリアな演奏音が主役の座を微塵も譲らないものの、そこに初期FLOYDの名曲を唱和する観客のコーラスもほんのりと被るのです。これが実に良い。実のところ、SAUCERFUL OF SECRETSは『狂気』以前のレパートリー限定なので、あまり合唱が起きにくい。しかし、英国ツアーは今回で3回目であり、ネット社会だけに初期ナンバーの歌詞やショウの詳細も観客たちに浸透してきた。もちろん、本作でも「大合唱の渦」という感じではないものの、名曲を共に口ずさみ、キメで送られる声援が記録されている。ロック・ショウらしくなってきた最新のムードがクリア・サウンドで味わえるのです。そして、もう1つ。本作の個性になっているのが機材トラブル。それが発生するのは大ラスの「Point Me At The Sky」。それまで何の問題もなく進むのですが、この曲になってキーボードの音が出なくなる。「Point Me At The Sky」のイントロはキラキラしたシンセ音やパイプオルガンのようなキーボードの上で歌うわけですが、本作では完全にアカペラになっている。実は、これが実に素晴らしい。期せずして生まれたアカペラによってコーラスワークが際立ち、まるで最初からそのようにアレンジされているかのようにハマっている。通常、トラブルが起きれば曲を止めたりグダグダになったりするものですが、この日はそのまま完奏。むしろ、魅力的な新バージョンにさえなっているのです。トラブルがある事、観客の歌声も聞こえる事。この2点は、人によって欠点にもなりますし、他にはない魅力にもなる。万人向けのお薦め盤となると、どうしても『AYLESBURY 2019』に軍配を挙げざるを得ませんが、その個性を楽しめる方には本作の方が圧倒的に素晴らしい。サウンドもショウも個性的ながら、クオリティ自体は頂点的に素晴らしい大傑作。 Corn Exchange, Cambridge, UK 1st May 2019 TRULY AMAZING SOUND Disc 1(55:14) 1. Intro 2. Interstellar Overdrive 3. Astronomy Domine 4. Nick Mason Introduction 5. Lucifer Sam 6. Fearless 7. Obscured By Clouds 8. When You're In 9. Remember A Day 10. Arnold Layne 11. Vegetable Man 12. Nick Mason Introduction 13. If 14. Atom Heart Mother 15. If (reprise) Disc 2(58:01) 1. The Nile Song 2. Guy Pratt Speaking 3. Green Is The Colour 4. Gary Kemp Speaking 5. Let There Be More Light 6. Childhood's End 7. Nick Mason Speaking 8. Set The Controls For The Heart Of The Sun 9. See Emily Play 10. Bike 11. One Of These Days 12. A Saucerful Of Secrets 13. Point Me At The Sky