現在クリーム1968年の貴重音源がYouTube上に現れて世界中のマニアを色めきだたせており、実際に今回フィルモアでの彼らのステージを捉えた貴重オーディエンスが同時にリリースされる訳ですが、これらの音源を公開してくれた人物はクリームと同じくらいザ・フーにも詳しい。それを裏付けるかのように彼らの貴重な初公開ライブ音源を公開してくれており、それが1969年のフィルモア・ウエスト。稀代の名盤『TOMMY』を完成させたザ・フーはそれまでのロック・コンサートの方程式を覆すようなアルバムを丸ごと披露するという画期的なステージを敢行。そこから1969年を通してウッドストックを始めとした彼らのキャリアにおけるキャリアハイの演奏がいくつも生み出されることになります。その精力的なライブ活動の割に69年のステージを捉えた録音というのは意外と少ない。確かにウッドストックやストックホルム、そしてロンドン・コロシアムといった要所要所のサウンドボードが存在する点は恵まれているのですが、この年の彼らがこなしたライブの本数からすれば物足りない。特にウッドストック以前となると音源やアイテムの数ががっくり少なくなってしまう。この状況にとどめを刺したのが有名な「テープを燃やした」事件。バンド側で69年上半期のステージを何本もマルチトラックで録音していたものの、いざそこから何か作ろうとした時にローディがそれぞれの録音を吟味してくれていなかったことにかんしゃくを起こしたピートがテープを燃やしてしまえ…と命じたところ、真に受けたローディが本当に燃やしてしまったというもの。おまけにピートは自伝で燃やしたテープの中にはフィルモアでの連続公演が含まれていた…とはっきり明言しており、ウッドストックより前のステージを捉えたサウンドボードが存在しないことが確定してしまったのです。何と言っても新作という立ち位置の『TOMMY』を浸透させるべくザ・フーが懸命に演奏していた時期であり、その時期にオフィシャルな記録が存在しないというのは痛手でしかない。そうした状況の中でマニアに有難がられていたのが6月19日のフィルモア・ウエスト。当時のオーディエンス録音としては驚くほど聞きやすいクオリティであったことから、懐かしの紙ジャケ名盤『FLYING TO NEW YORK TO GO TO COURT』を聞き込んだマニアも多かったのでは。ところが今回、新たに公開されたのは前日18日のショウ。実は昔から18日とされる音の遠いオーディエンス録音が出回っており、なおかつオンライン上でも簡単に聞けます。ところが今回の音源はセットリストや音源がまるで違っており、公開者からは「今までの録音が実は17日で、今回が正真正銘の18日だ」とテープボックスの画像付きで公開してくれたのでした。さらに今回の音源は二回行われたショウそれぞれから録音されてもいるのですが、これもまたピートが自伝においてフィルモア・ウエストではビル・グレアムが一日二回のステージを強要して口論になり、なおかつ一回目のステージを短く切り上げてさらに物議を醸したとの記述を裏付ける結果に。今回の録音の前半にはファースト・ショウ序盤の模様が捉えられているのですが、そこではピートがいつもの「I Can’t Explain」を飛ばして「Fortune Teller」を始める場面が捉えられており、正に自伝どおりであったことが証明される結果にもなったのです。しかし自信作『TOMMY』をステージで披露することで演奏時間が長くなったことから、フーとしては一日一回のステージを希望。妥協案として最終日から一日一回のステージとなりました。そんな事情を実証してくれる文字通りの歴史的音源だとも言えるでしょう。それ以上に驚かされるのは音質の良さ。翌日の『FLYING TO NEW YORK TO GO TO COURT』も69年のオーディエンスとしては非常に聞きやすいものでしたが、それよりも圧倒的に聞きやすい。同盤は音像が近かった半面ジョンのベースが弱めで、また全体的に粗削りな音質でもあった。その点、今回の音源はジョンのベースはもとよりロジャーの歌声も含めた演奏全体を実に見事なバランスで捉えてくれている。何よりジョンのベースが飽和することなく、それでいてクッキリ捉えられているのがお見事。この点だけでも『FLYING TO~』を軽く凌駕するのです。この時代のフーのオーディエンス録音といえば「轟音」あるいは正反対の大音量に恐れをなした「遠い音像」のようなビンテージ・オーディエンスが少なくないのですが、69年にこれほどまで見事な録音状態で、なおかつ貴重なウッドストック前のステージを捉えた超貴重音源が眠っていたとは。サイケデリックの時代ですので周囲にフリークアウトした観客がいたとしてもおかしくない。ところがそうした輩は皆無、リリースされたばかりの『TOMMY』に周囲が聞き入っているものだから、これがまた聞きやすさに大きく貢献してくれている。これほど音質が非常に良いので、ステージに投入されて間もない『TOMMY』の粗削りな演奏ぶりがまた生々しまでに感じられる。完成の域に達したウッドストックの演奏と比べると流れのぎこちなさが散見され、なおさらその演奏の初々しい雰囲気や力業でねじ伏せようとする『TOMMY』パートが新鮮に聞こえることかと。そしてフィナーレ「Magic Bus」では正にウッドストックを予見させるような展開で幕を閉じる。「1969年のオーディエンス録音?そこそこ聞けたらいいや」と鷹をくくっていたらどっこい初登場にして素晴らしい音質に驚かされること間違いなし!Fillmore West, San Francisco, CA, USA 18th June 1969 Disc 1 (34:41) First set: 1. Heaven & Hell 2. Fortune Teller 3. Tattoo Second set: 4. I'm A Boy 5. Happy Jack 6. A Quick One, While He's Away 7. My Generation 8. Shakin' All Over Disc 2 (54:02) Tommy 1. MC 2. It's A Boy 3. 1921 4. Amazing Journey 5. Sparks 6. Eyesight to the Blind 7. Christmas 8. The Acid Queen 9. Pinball Wizard 10. Do You Think It's Alright? 11. Fiddle About 12. There's a Doctor! 13. Go to the Mirror! 14. MC 15. Smash the Mirror 16. I'm Free 17. Tommy's Holiday Camp 18. We're Not Gonna Take It 19. Summertime Blues 20. MC 21. Magic Bus