レインボーの『DOWN TO NEW JERSEY』、フリートウッド・マックの『PASSAIC 1975』など、今年も新年早々から衝撃の発掘映像が登場し、その都度大変な御好評を戴きました。今週はいよいよピンク・フロイド1970年7月18日ハイドパークの新発掘映像が登場です! この日の公演は音源としては以前から存在しましたが、音だけでは分からなかったそのハイドパーク公演のドキュメンタリーなシーンが沢山発見できる史上初の映像タイトルとなっています! しかも特徴的なのはそのシューティング・アングルで、右のサンプル画像を御覧戴くと分かりますが屋外ステージの右上から演奏を見下ろして(!)撮影しているのです。実はこれはステージ真横にPA機材を置く為に設置された、鉄パイプで組まれたPAタワーの上からステージ全景を見下ろしながら近接撮影している為で、これにより舞台全体を非常に近い位置から俯瞰で見下ろす映像という、通常考えられないアングルでこの日のステージに肉迫出来るのです! 当日の公演の様子を調べてみると、これを撮影したのはTVXという地元のローカルテレビ局(?)に当時スタッフとして在籍されていた人物の様です。実際、映像の中には機体に"TVX"と書かれたプロ用のTVカメラを使ってシューティングしている別のカメラマンもステージ正面付近に映っており、本作撮影者もそのクルーの1人として上方からのアングル担当でこの様な場所から撮影していたのでしょう。興味深い事に、ここで鑑賞出来る映像の一部はこの時のハイドパーク・コンサートの模様を収めた280分の全長版フィルムの中で使用され、公開された事もあった様なのです(※小規模な映画館や市民ホール等でプライヴェート上映会が催されたのかもしれません)。つまりこの映像はその全長版製作に使われる編集前の、上方からのアングル用の映像素材として撮影されたものと推測されます。それだけにシューティングのクオリティはピカイチで、PAタワーの上ですから周囲に人など居らず、また視界を遮るものも無いので映像の見通しと近さは抜群なのです。恐らく腰を下ろし、タワーの鉄パイプ等で姿勢をしっかり固定・安定させた状態でカメラを回していたらしい事も、手振れがほぼ皆無の映像から伺えるでしょう。でも残念ながらショウ全体を完全収録しておらず、曲によっては数秒程度の断片であったり、フィルムの経年劣化によって画面が乱れる箇所も時折りあります。しかし中には「Atom Heart Mother」や「Embryo」「太陽讃歌」の様に約45年も前とは思えないほど良好な画質で記録されている部分も多々あり、そのうえ収録音も非常に優れた状態で残されているため未知の音楽的興奮が満載なのです。その筆頭がここでの「Atom Heart Mother」で、これは画質も音質も実に良い状態で残っており、その演奏風景に驚嘆されること間違いなしでしょう。演奏が優れている点も特筆され、映像で観ると吹奏楽+混声合唱版での特別演奏だったこの日の音楽が超然とした雰囲気を放っていた事が改めてお分かり戴けると思います。バンドも吹奏楽・合唱隊も、まるでオーディエンスの潜在意識の中にまで響きを伝えようとしているかの様です。 またこの曲の映像で気付ける面白い点は、バンドと吹奏楽、合唱隊の珍しい位置関係でしょう。映像を御覧になると判りますが、なんとこの日はデイヴとロジャーがニックのドラムセットの後ろで至近距離で並んで演奏しているのです。しかも吹奏楽隊がステージ向かって左側・合唱隊が右側と、舞台両翼に分離して配置されており、これはブートレッグ映像で残っている当時の吹奏楽版の映像を見回してもなかなか例を見ない配置となっています(※当時はステージ"後方"の"左側"に混声コーラス、"右側"に吹奏楽隊を置く並列配置が通例でした)。つまりこの日は位置も左右も全く違っているのです。何故こうした配置になったのかは分かりませんが、後の"Echoes"での鳥の鳴き声やライヴ会場での6方向からの音群移動装置など、恐らくフロイドというバンドが楽曲の響きや鳴り方に強いこだわりを持っていた為ではないでしょうか。当然この日も他日とは違う配置による音の届き方を事前に確かめていた筈ですし、ましてや屋外での演奏でもあった訳ですから、仮にステージの広さという面積的な制約があったとしてもこれはその中での響きを踏まえて弾き出した配置だったと考えるのが妥当でしょう。その事を念頭に置いて他日の合唱版演奏と響きの違いを確かめてみたり、会場での実際の響きに思いを巡らせてみることも予想外の楽しみと発見を与えてくれる筈です。そしてもうひとつ興味深い点は、舞台横のタワー上から見下ろして撮影している為に、通常角度の撮影ではまず見える事が無い "合唱隊が手に持っている楽譜の内容" が多くのシーンで確認出来るのです。特に楽譜がズームアップになる幾つかの箇所では、静止画にするとコーラスパートのスコアが読めるばかりか、楽譜が書ける方ならば写譜出来てしまうほどの近さで映ります。しかもよく見るとコーラスパートだけでなく吹奏楽の全体譜も書かれているのが分かりますし、更には男性と女性では持っている楽譜も若干違っていて、男性が持っている楽譜には歌う和声音符の上に1つずつ歌詞(?)と思われる文字が記されている事にもお気付きになるでしょう。残念ながら終曲の直前で映像が乱れ途切れてしまうのですが、しかしこの曲の研究素材としての資料性の高さは圧倒的なものがある筈です。 「Embryo」はこの日の実際のオープニング曲です。冒頭ではDJによるバンド紹介やロジャーのマイクテストなども映っており、そうした開演前の様子も含めてお楽しみ戴けます。曲の冒頭がほんの僅かに失われたカット・インで演奏シーンに移りますが、そこからは演奏終了まで完全収録。面白いのは演奏中にカメラマンがステージ上をウロウロし、各メンバーを至近距離で撮影している様子が確認出来ることです。これもまた映像で観て初めて気付けるこの日のドキュメントと言えるでしょう。「Green Is The Colour」は僅か3秒程度の収録で、映像の乱れの中で曲の断片が確認出来る程度です。また「ユージン」も残念ながら約10秒程度の断片収録で、ステージ前方の観客数人が1人のズボンを脱がそうとフザけ合っている映像に楽曲前半部分の音だけが数秒聴こえる程度となっています。ただこのシーン、これほどステージ近くに居ながら全く演奏を見ず音楽も聴かずにはしゃぐ観客の姿をまるで "見えない壁の上" から眺めている様でもあり、後年のステージ上で憤怒するロジャーの視点にどこか通ずるものがありそうです。「太陽讃歌」は冒頭から収録され、曲の出だしでロジャーがいつもの様にドラを叩く様子が確認出来ますが、やはりこの日も音色の響かせ方にこだわって叩いており太いマレットでドラの周囲を反時計回りに鳴らしてゆく様子が印象的です。映像の劣化が目立つ箇所も若干ありますが、しかし途中ハウリング音に阻まれながらも鋭い筆致で音楽が形作られてゆく様子が見通しの良い近接映像で流れ、画面から滲み出るこの日の厳格で激しい音楽の骨太さが確実に受け取れると思います。ステージ真横、PAタワーの上からの撮影という通常ではあり得ないアングルで映し出される衝撃のフィルム。"視点を変えて物事を見る"とはよく言われる物事の例えですが、この映像はまさにあの当時のフロイドの魅力を斬新な視点で再発見させてくれるものとなっています。 Blackhills Garden Party, Hyde Park, London, UK 18th July 1970 PRO-SHOT(1 Camera) (39:17) 1. Atom Heart Mother 2. Introduction/Embryo 3. Green Is The Colour(fragment)/Careful With That Axe Eugene(fragment)/Set The Controls For The Heart Of The Sun PRO-SHOT B&W NTSC Approx.39min.