ZEPや70年代クラプトンといった同世代アーティストと比べ、ウイングスは卓直結サウンドボード録音がほとんど流出していません。76年のオーバー・アメリカ・ツアーのような人気絶頂期はほとんどの公演をマルチトラックで録音しており、バンドにとっては駆け出しの時期だった72年のヨーロッパですら「THE BRUCE McMOUSE SHOW」用にマルチの収録が行われていたことが判明しています。それどころか、今回リリースされる8月22日のアントワープ公演も同様の録音が行われていたという。こうした事情からPAアウト・サウンドボード録音が行われなかった(スタッフのチェック用はもとより、メンバーからの依頼もなかったのでしょう)のだと推測されるのですが、本当に数少ない卓直結音源の流出が実現したのもまたアントワープ。おまけにこの日に限ってレッドベリーの「Cottonfields」を演奏したという事実を明らかにしてくれた貴重音源でもあったのです。1990年になってLPとCDの両方でその曲名を冠したアイテムが登場、この時に初めてアントワープの卓直結サウンドボードが明らかとなりました。収録時間は40分にも満たない長さだったのですが、何しろ貴重な初期ウイングスの音源ということでマニアの間で話題を呼ぶには十分なレベルだったかと。その後、つまようじ付きの「GOT ANY TOOTHPICKS?」、さらには同日のオーディエンス録音と組み合わせたVOXXからの最長収録盤「BELGIUM 1972」がベストとされてきました。ところが、これらのアイテムはどれもカセット・トレード時代にジェネ落ちコピーで回ってきた音源を元にしていたことから、かなり荒っぽい音質であったという一貫した問題があったのです。中でもダビングとカセット時代にありがちなノイズ・リダクションが繰り返される中で増幅してしまったシンバルのうねりは本当にストレスを感じさて辛かった。せっかくの流出サウンドボードだったのですが、この問題がリスニングの敷居を上げてしまっていたことは間違いありません。こうした中で新たなアイテムが登場することもなくマニア向け卓直結サウンドボードの烙印が押されつつありました。しかし近年になって8月1日のデンマーク公演のオーディエンス録音を収めた「BIRD ON THE WINGS」というタイトルのボーナス・パートで大幅に音質の向上したアントワープの卓直結サウンドボードがひっそり日の目を見ました。そこでは何と言っても過去のリリースの持病であったシンバルのうねりと音のこもりが大幅に解消されていたのです。それでもまだ音質はこもり気味で、さらにモノラル録音の定位が左チャンネル寄りという状態でもあり、まだ数ジェネレーション挟んだコピーだと推測されたものでした。何よりボーナスとして収録されていたので、アッパー版だったにもかかわらず注目を浴びなかったように思えてなりません。時間が経過するにつれて不遇をかこってきた72年アントワープの卓直結サウンドボードですが、今回は独自に海外トレーダーからロウ・ジェネレーションのバージョンが提供されました。そのアッパー感は鮮烈の一言。音のこもりや定位の偏りなどが一掃されたピュア・モノラルな状態なのはもちろん、何より抜けが良くて圧倒的にナチュラルな状態の聞き心地が格別。とどめは過去のアイテムにあった曲間のクロスフェード処理もない、正にスタッフが曲ごとにレコーダーのスイッチの停めながら録音した際に生じた空白もそのままな、極めて’raw’な状態の音源を入手できたのです。このクロスフェードに関しては、そもそも演奏自体が未収録だった「Give Ireland Back To The Irish」が終わる際に顕著だったのですが、その箇所も音が消え行って録音が止まるところまでしっかり収録されました。そしてマルチトラック録音のステレオ・サウンドには及ばないモノラル録音である一方、あのゴージャスで入手困難な「WINGS1971-1973」ボックスのボーナス・ディスク「WINGS OVER EUROPE」で日の目を見たアントワープのマルチトラック録音はどれもリリース用にローリング・ストーンズも真っ青なオーバーダビングが施されており、生のままの状態とは言えない状態であったのは事実。その点こちらの音源が実際の演奏をリアルに伝えてくれるというポイントは高い。例えば「Best Friends」などは「WINGS OVER EUROPE」ではアコギの音が聞こえますが、当日のステージでアコギは誰も弾いていません(笑)。ここを挙げただけでもリリースに向けて手に加えられていることは明白ですし、それが聞き比べられるのも一興。もう一つ、卓直結サウンドボードの魅力と言えば、ポールの歌声が前面に押し出されているということ。それも生々しいばかりのバランスで。そんなリアルな音源で超レアな「Cottonfields」のカバーが聞けるというのはあまりに魅力的。おまけに音質が俄然アップしているのだから。何より初期ウイングスらしいラフさと勢いを兼ね備えた演奏がまた魅力的。ポールにしてみれば、昔からクオリーメン時代から歌いなれている曲を気まぐれでやったに過ぎないのでしょうが、それにしても楽しそうな雰囲気が卓直結サウンドボードのおかげでリアルに伝わってきます。正味40分に満たないライブ音源ではありますが、とにかくナチュラルでクリアーに生まれ変わった驚異のアッパー感は世界中のマニアを驚かせることでしょう! Cine Roma, Antwerp, Belgium, 22nd August 1972 SBD(UPGRADE) (37:07) 1. Best Friend 2. Soily 3. I Am Your Singer 4. Seaside Woman 5. Say You Don't Mind 6. Henry's Blues 7. Give Ireland Back To The Irish 8. Cottonfields 9. My Love SOUNDBOARD RECORDING