1960年代を代表するビッグ・グループの一つでありながら、最近はレア音源のリリースがすっかり途絶えてしまったザ・ドアーズ。確かに彼らのステージを捉えた音源の数には限りがあり、それが原因の一つではあるのですが、それ以上に事態をややこしくさせたのは今から20年前にリリースされたボックスセット「BOOT YER BUTT! THE DOORS BOOTLEGS」。世に存在するドアーズのオーディエンス録音から抜粋して四枚にまとめたオフィシャルリリース。このセットのせいで現在ネット上に彼らのオーディエンス録音が出回る際、ここに収録されたテイクが「オフィシャル・コンテンツ」となってしまう事から、それらを削除した状態でアップロードしざるを得なくなってしまったのでした。その点において「BOOT YER BUTT!」はその役割を果たしたと言え、今となっては「著作権保護リリース」の先駆けとも言えるかもしれません。そこで今回、ドアーズのレアなライブ音源をリリースするに当たってはネット上に出回っているバージョンでなく、トレーダー間で出回っているカットなしの完全版をアメリカのドアーズ研究家から提供して頂く形で実現の運びとなりました。今回リリースされるのは1968年7月9日のダラスはメモリアル・オーディトリアムでのライブを捉えたオーディエンス録音。これが何と驚いたことに、しっかりステレオで録音されているのです。1968年ダラスでのステレオ・オーディエンス録音と言えばクリームの「DALLAS MARCH 1968」が記憶に新しいところですが、もしかしたら同じテーパーによる録音なのかもしれません。3月のクリームでは入力レベル過多気味だった教訓を生かしてか、今回は非常にクリアーに録音を敢行してくれたのだと推測してもいいのでは。いずれにせよステレオ音質だけでも驚きの録音状態なのですが、さらに驚かされるのは1968年の録音だとは思えないほど鮮度が高く、なおかつ音像の程よい距離感と相まって、現在の耳でもびっくりするくらい聞きやすく感じるクオリティだということ。惜しむらくは長尺な演奏の「Light My Fire」の途中でテープチェンジに当たってしまい、残りがモノラルへと変わってしまうのですが、皮肉なことにその変化がクリアーなステレオで録音してくれていたことを実感させてくれる結果となったのです。おまけにモノラルとなってしまった同曲の後半が68年の録音としてはそれでもなお聞きやすい状態であり、いかに秀でたオーディエンス録音であるかを思い知らされるでしょう。オープニングで名曲「Soul Kitchen」がはじまったとたんに驚かされるのは、ジム・モリソンの歌声の大きさ。ここまで挙げてきただけでも、今回の音源がドアーズの居並ぶオーディエンス録音の中でもずば抜けたクオリティであるかを理解してもらえたかともいますが、とどめとなるのがこの歌声の音圧。これだけのクオリティを誇っただけのことはあって「BOOT YER BUTT!」ボックスにも「Hello I Love You」と「Money」の二曲が採用されており、現在ネット上ではこれら二曲をカットしたバージョンが広まっています。もちろん今回はそうしたカットのない完全版。この日はオフィシャルのライブ映像でおなじみハリウッド・ボウルの四日後というタイミングでありながら、演奏内容やライブの雰囲気はまるで別物。そちらがバンドの地元かつ人気が爆発した中での熱狂的な雰囲気であった上、撮影まで入るといったプレッシャーの中で敢行されたライブだったのに対し、こちらはしっかり聞き入る観客を前にしてモリソンを始めとしたメンバーは俄然のびのびと演奏している。何しろ音質がイイので、その様子も生々しいほど。彼が「Break On Through」からエンジン全開となっているのは明らかで、随所でアドリブのスキャットを交えながら楽しそうに歌っている。そもそもこの曲はハリウッド・ボウルで演奏されていないのです。それに続いた珠玉の名作「The Crystal Ship」もまたそちらでは取り上げられなかった曲で、当時の新曲メインだったハリウッド・ボウルと比べて充実のセットリストになっている点も魅力。名曲満載です。また先に触れた「Money」のカバーを披露している点もハリウッド・ボウルとは違ったリラックス感を伝えてくれます。ここではジョン・リー・フッカーが「I Need Some Money」として発表したバージョンを下敷きにしているもので、ビートルズでおなじみ「That’s what I want」のコーラスは入りません。このカバーはデビュー時に好んで取り上げられていたレパートリーですが、68年のステージでの演奏は希少なもの。希少と言えば大ヒット曲「Hello, I Love You」はレパートリーとしての寿命が短く、おまけにハリウッド・ボウルではモリソンのボーカルが録音失敗(よって現行のDVDではスタジオテイクのボーカルを代用)に見舞われていただけに、純生のライブ演奏が良音質で聞けるのもポイント高い。そして「Light My Fire」はフィナーレに相応しい名演。演奏が始まる前のモリソンによるインプロ・ポエムのパート「Wake Up!」からして凄まじいテンションの高さで、そこからあのイントロへと流れ込む瞬間は鳥肌モノです。何しろこの日の彼は本当にノッっていて、レイ・マンザレクによるオルガン・ソロが始まってもマイクを離さずに煽りまくっている。ドアーズはハリウッド・ボウルのような熱狂的なロックコンサート的雰囲気よりも、モリソンの演劇的な立ち振る舞いを交えたこの日のようなショーが本来の姿。それに対して固唾をのんで見守る観客もまた驚くほど聞きやすいクオリティに貢献してくれたのです。実際、今回のリリースにおいても手を加える必要はほとんどありませんでした。この1968年の録音だとは思えないほど上質なステレオ・オーディエンス・アルバムで夏のダラスへとタイムスリップしてください!Dallas Memorial Auditorium, Dallas, TX, USA 9th July 1968 TRULY PERFECT SOUND (59:20) 1. Soul Kitchen 2. Back Door Man 3. Five To One 4. Break On Through 5. The Crystal Ship 6. Texas Radio And The Big Beat 7. Hello, I Love You 8. Moonlight Drive 9. Money 10. When The Music's Over 11. Wake Up! 12. Light My Fire Jim Morrison - vocals Ray Manzarek - keyboards Robby Krieger - guitar John Densmore - drums