唯一無二のマイルス・デイヴィス・ミュージックを完成させた1975年の幕開けを告げる初日サンフランシスコのキーストーン公演が、各楽器の輪郭もクリアかつ高音質になった決定版が登場しました!!マイルスがエレクトリック化に対して最も重要視していたのがギター・サウンド。1974年末にトリプル・ギターのひとりドミニク・ガモーが脱退し、ピート・コージーとレジー・ルーカスの対照的ながら抜群のコンビネーションを誇るコンビに戻り、紆余曲折マイルスが理想的なサウンドと確信した1975年のマイルス・バンドはサンフランシスコのジャズ・クラブ、キーストーン・コーナーへの3連続公演からスタートする。ここに新生マイルス・バンドがついに全貌を現す。そのキーストーン・コーナーでの初日1975年1月14日のステージを、既発ではマイケル・ヘンダーソンのベースが割れていたり、やや籠りがちだった音像が、マイケル含む各楽器の音がクリアーになり音質も数ランクアップした決定盤タイトルが入荷しました!!1975年になるとエレクトリック・マイルスの特徴でもある「妖しさ」がさらに加速する。あまり語られることはありませんが、新たな創造に対する過酷な環境に置かれる偉大な音楽家ほど、クスリ、宗教、魔術といった神秘的なものにのめり込む傾向にある。宗教との関わりなくして語れないバッハなどのクラシック音楽家、信仰宗教を立ち上げたチャールズ・マンソン、黒魔術師アレイスター・クローラーを信仰したジミー・ペイジ、神に身を捧げたボブ・マーレー、インドに傾倒したカルロス・サンタナとジョン・マクラフリンほか、そしてアフリカの呪術や宗教を支持したマイルス、新しい世界を創造したいという欲求のため空想(妄想)の世界に身を置くための手段なのか?しかしそれを経て届く音楽はとても独創的であり魅力的、そして言葉では表せない「妖しさ」があり「色気」がある。これを感じる音楽家を私は信じる…その初日となるキーストーン・コーナーの肝は「ゲット・アップ・ウィズ・イット」収録の「マイシャ」「エムトゥーメ」の2曲。この楽曲群をレコーディングした74年10月以前と以後でライヴの雰囲気が変化する。本公演では以後、しかも1975年突入で妖しさ、不気味さが増し増しとなっている。この傾向は75年マイルス・バンド全体に共通している。マイルスの体調不良にも関係があるのかも知れません。この1975年のツアーは同じ楽曲においても公演毎にアレンジが大幅に異なり、単にマイルスはじめソロをとるフロント陣のインプロビゼーションが違うだけでなく、楽曲のテンポも違えばリズム、メロディーさえもマイルスのその時の気分で変更する、メンバー全員がマイルスとの意思疎通が完璧で、その場でのアレンジながら周到に用意されているほどの完成度を誇る。マイルスが常にメンバーに指示する「二度と同じ演奏をするな!」が、アコースティック時代最後の黄金のクインテット以来理想の形となっているのが、この1975年のツアーだった。その最初の一歩となる本公演ではまだ完璧だとはいえませんが、頂点へと向かう過渡期の貴重なライヴが高音質で甦ったのは嬉しいかぎり!!エレクトリック・マイルス完成への最初のステージ決定版が登場です!!