1973年の時点でも二回に分けたアメリカ・ツアーを行うまでのスーパー・バンドに登り詰めていたZEPですが、さらに人気が拡大し続けていたことを受け、75年にはアメリカを回る行程を二回に分けるのはもちろん、そうして組まれたツアーを上半期と下半期の二回に渡って行う予定が組まれるまでになっていたのです。もちろん、これはプラントの交通事故によって幻となってしまった訳ですが、それほどまでのスターダムをアメリカで獲得していたのがこの時代のZEPでした。おまけに70年や73年にはツアーの千秋楽に選ばれていたマディソン・スクエア・ガーデン(以下MSG)ですが、75年には何とツアー行程の前半に組まれているから驚かされます。しかも73年には三夜連続で千秋楽だったというのに、ここでは飛び飛びで三回と言うスケジュール。以前はZEPにとってアメリカでの成功の証とも言えたMSGが、75年にはツアーの通過点扱いとなってしまったのです。むしろ、この年からツアーの後半で西海岸を回り、千秋楽をLAフォーラムに移したことは、ZEPライブにおける新たな黄金期の始まりだったのですが。とはいえ、75年アメリカ・ツアーをZEPが背水の陣で挑む羽目になったのはよく知られているところ。まずアメリカを発つというタイミングの移動時でジミー・ペイジが地下鉄のドアに指を挟まれてしまいます。この状況へ火に油を注いだのは、アメリカに到着後、ロックスター然と薄着のまま移動していたことが災いし、まんまと風邪をひいてしまったというプラント。さあこれから、というところでフロント二人の健康が損なわれてしまうというアクシデントからツアーがスタートする羽目になってしまいました。そんな状態でも見切り発車せざるを得なかったツアー初日のシカゴは当店リリースの「FINGER FLU: 1975 CHICAGO TAPES VOLUME 2」にもドキュメントされています。もちろん、先の理由からバンドがエンジン全開と呼ぶには程遠い状況でありながら、揺るぎないリズム隊の二人と、賢明にそれぞれの役割をこなそうとするフロント二人が合わさったプレイは、近年になって再評価されるようになっています。つまり「不調の初日シカゴ」で片づけるにはもったいない…と。むしろ賢明な演奏が新鮮にさえ映るシカゴではありましたが、その後のZEPはなかなか調子が上がりません。もっと言えばペイジが徐々に回復を見せていたのに対し、プラントの方は文字通りの一進一退。三日間の内、二日分の音源が発掘されているシカゴより、それ以降のショウ、例えば1月25日のインディアナポリスなどはプラントが目も当てられない状態まで堕ちてしまい、遂に27日のセントルイス公演は前半戦の千秋楽へと延期させられてしまう有様。結局スケジュールがハードなことも災いし、「FLYING CIRCUS」でおなじみ2月12日のMSG公演を迎えるまで、プラントの調子が完調することはなかったのです。ところが、そこまでの間で既にMSGでは二回の公演を終えていました。 オーディエンス録音の時代から音質が良く、サウンドボード録音の「FLYING CIRCUS」によっていよいよ揺るぎない存在となった感のある2月12日に対し、75年MSG他の日の印象が薄い感が否めません。他の日のオーディエンス録音の印象が悪いということが一番の原因だと思われますが、中でも初日である2月3日に関しては、未だにTDOLZの「HEAVEY METAL HULLABALOO」しかリリースされたことがありません。ほぼすべての音源がリリースされ尽した感のあるZEPライブ音源界において、20年近くに渡りこのタイトルしかアイテムが存在しないとは。ZEPライブ、サウンドボード録音の発掘の第一波が沈静化した後で貴重なオーディエンス録音アイテムを数多く生み出してくれた同レーベルらしいセレクトでした。これまで、それしかリリースされなかったであろう最大の要因は、冒頭でテーパーの周囲が極度に盛り上がってしまうことでしょう。オープニング「Rock And Roll」が始まる前から相当に盛り上がっていて、同曲が始まった瞬間などは相当に耳障り。「HEAVEY METAL~」を当時入手されたマニアなどは、実際にそこでうんざりしてCDを止めてしまった人がいたはず。それだけならまだしも、運悪く周囲の友達が遅刻してしまい、回復の兆しを見せるペイジのプレイが光った「Over The Hills And Far Away」が始まると「遅れたな! (You gotta late, man!)」「ごめんよ、邪魔しちゃって (sorry interrupted)」と運の悪いタイミングで会話が始まってしまいました。ところがです。このライブ序盤の会話以外になると、それら周囲の様子は極端に大人しくなっていったことは見過ごされている点でしょう。後は「The Rain Song」が始まったところで「ジミー・ペイジ!」 「I know, Brother!」(そんなことは判ってるさ、兄弟!)という会話が飛び出すくらいで、むしろZEP絶頂期の熱狂を伝えてくれる微笑ましい場面にすら映ります。むしろ「1975 WORLD TOUR」でおなじみ、三日後のモントリオールの方がよっぽどライブ全体を通して耳障りなように思います。むしろ今回のリリースによって、肝心の演奏が驚くほど聴きやすいバランスの音像で捉えられていることに驚かされるのではないでしょうか。ライブの前半では曲が進む中でプラントの歌声の調子が一進一退を繰り広げている様子もはっきりと伝わってくるほど。それどころか「The Song Remains The Same」以降はエンジン全開と言っていいほどにまで復調して歌い上げる様にも驚かされます。この辺りをジェネ落ちカセット音源使用の「HEAVEY METAL~」から感じ取るのは至難の業だったと言えるかもしれません。 一方でペイジの指の問題もあり、この時点ではまだシカゴからの流れを引き継いだコンパクトな展開でどの曲も演奏されている点が新鮮。むしろ「Trampled Underfoot」などはペイジがはっきりと弾けてきているにもかかわらず、まだ演奏時間全体は控えめな尺に留まっているのだから面白い。極めつけはこの日から復活した「Dazed And Confused」。例の問題から、ツアー開始からしばらくの間は代わりに「How Many More Times」が演奏されていたのですが、73年から75年のZEPがもっともインプロビゼーションを楽しむ場であった同曲が遂にこの日から復活したのです。それを始めるにあたって、プラントが改めてペイジの怪我のせいでこの曲を封印していたことを釈明している点が、75年ツアーの前半ドキュメントとして極めて貴重でしょう。ここからがZEPの偉大なところなのですが、既に演奏は素晴らしく、さすがに何年も演奏し続けたステージ・レパートリーなだけのことはあります。唯一、ペイジの弓弾きが終わったところからの、アップテンポな展開に突入するところでジョン・ボーナムとペイジの息が合わず「どうする?どっちがしかけるの?」的な緊迫感が伝わってくるハプニングから久々の演奏と言うブランクが垣間見られた程度。何よりも75年のアメリカではインプロビゼーションがどんどん肥大して行った曲のスタート地点がここにあるのです。そして最後は調子を取り戻したプラントに導かれたファンキーなインプロからの「Communication Breakdown」。このオーディエンス録音の全体を通しての意外なほどのクリアネスはもちろん、演奏も進むにつれてどんどん充実をみせた75年MSG初日。今回のリリースに当たってはファースト・ジェネレーション・マスターを使用してみせただけでなく、ピットを正確にアジャストし、何よりも演奏が始まった箇所に顕著だった音の浮き沈みまでも緻密にアジャスト。あらゆる意味で「HEAVEY METAL HULLABALOO」よりも大幅な向上を遂げたアッパー版に仕上がりました。
Live at Madison Square Garden, New York, NY. USA 3rd February 1975
Disc 1 (76:03)
1. Intro 2. Rock And Roll 3. Sick Again 4. Over The Hills And Far Away 5. In My Time Of Dying 6. The Song Remains The Same 7. The Rain Song 8. Kashmir 9. No Quarter 10. Trampled Underfoot
Disc 2 (78:35)
1. Moby Dick 2. Dazed And Confused 3. Stairway To Heaven 4. Whole Lotta Love5. Black Dog 6. Communication Breakdown





























