ウイングスのファースト・アルバム「WILD LIFE」は昨年アーカイブ・コレクションでのリリースが遂に実現しましたが、それまではCDの廃盤状態が長らく続いて90年代のCDにプレミアがついてしまう始末。そんな状況の中で2013年にリリースされていた「WILD LIFE: Unreleased DCC 24K Gold Disc」はCDで同アルバムを聞きたかったマニアの溜飲を下げただけでなく、DCCレーベル独自のマスタリングによる極めてナチュラルな音質が評判を呼びました。言うまでもなくマスタリングを手掛けたのは同レーベルのリリースではおなじみのエンジニア、スティーブ・ホフマン。本アルバムもウイングスの他のアルバム同様にDCCレーベルでのリリースを前提としていたマスタリング作業が行われていたにもかかわらず、DCC社があえなく廃業してしまったことによりお蔵入りしてしまったのです。これによってDCCレーベルによるウイングのアルバム・リリースは完遂されることなく終わってしまったという。この他にも「Wings Greatest」「Imagine」「All Things Must Pass」といったタイトルが同様にお蔵入りしてしまっていました。ところが作業から10年以上が経過したところで、突如ホフマンのサイトにてお蔵入りしていたバージョンをごく少数だけ販売(1800ドル)されてマニアを驚かせました。彼としては、エンジニアとしてのプライドから、これを眠らせておくのはもったいない…と思ったのでしょう。そうして小規模にリリースされたバージョンはCDというフォーマットが功を奏し、瞬く間にネットを介したトレーダー間に流通。それを元にリリースを実現させたのが「WILD LIFE: Unreleased DCC 24K Gold Disc」。廃盤となって久しかったアルバムがリリースされたことが功を奏し、瞬く間にSold Outとなってしまったのです。しかし昨年は本アルバムも先の形での再発が実現し、2013年当時のようなアルバムの廃盤というプレミア状況は終焉を迎えました。今や「フツーに手に入るアルバム」です。それでもなお、今回の再リリースが実現する理由、それは「音質が現行盤とまったく違う」ということに他なりません。その差は以前の本アルバムのCDよりも大きい。真空管を使ったマスタリングを行うというスティーブ・ホフマンのバージョンの仕上がりは非常にナチュラル、何と言ってもマスターテープの音を活かしたCD化がマニアに好まれていたもの。専門誌などにおいても「93年盤の方は当時の典型的なリマスターによってノイズ・リダクションなども使われたモコっとした音質だったのに対し、こちらは明るく繊細で抜けの良い音質に仕上がっている」と評されていました。流石に昨年のマスタリングは93年盤CDなどと比べるとまるで別次元、技術の進化によって非常に骨太で力強い仕上がりとなっていて、それでいてアナログチックなウォーミーさが保たれている点はお見事。特にポールのベースを中心にアルバム「WILD LIFE」を楽しみたいのであれば、昨年のリマスターは打ってつけと呼べる仕上がり。パッと聞き比べた感じですと、再発されるDCCバージョンが頼りない風に映ってしまうかもしれない。逆にアルバムB面の「Some People Never Know」や「Dear Friend」といったアコースティック、あるいは静かな演奏における生々しさ、親密感などはDCCバージョンに大きな魅力があり、その違いは一聴して解るほど大きなものなのです。現在アナログ・レコードが完全に復興を遂げ、ビートルズやポールといったアーティストはビンテージなプレスの盤が高い人気を誇っています。当時のレコードの中にも、プレス回数の違いを盤に表わすマトリクスを解読することによって、当時リリースされたレコードの中にも微妙な音質の違いがあると言われています。しかし、そうしたレコードのリスニングは古いレコードのコンディションやプレーヤーの再生環境、そして価格などからハードルの高い、気軽に楽しめないものとなっており、何より聞きようによっては大きな違いが感じられないことすら起こりうるから困りもの。その点CDにおけるマスタリングから生まれる音質の違いというのは、レコードとは比べ物にならないほど聞き比べが簡単で楽しめるのです。ジミー・ペイジは1990年に初めてレッド・ツェッペリンのリマスターを手掛けた際、その違いについて「同じ絵のフレーム(=額縁)が違うんだ」と説明していましたが、レコードやCDアルバムのカッティングやリマスターの結果から生まれた音質の違いというのは、正にそういうこと。その点ビートルズのアルバム「RUBBER SOUL」のラウド・カットと呼ばれるLPを小細工なしでCD化し、なおかつ簡単に楽しめるようにしてくれた「THE GOLDEN ANALOG EXPERIENCE」などは今なお非常に画期的なリリースであった(むしろ時代を先駆けたかのような)と言えるのではないでしょうか。ブートレグで聞かれる別テイクや別ミックスの類ほど複雑でなく、音楽自体は同じな上で音色や感触の違いを楽しむということから、レコードにおけるマトリクス違いや各国プレスなどは高い人気を誇っていますが、今回の「WILD LIFE: Unreleased DCC 24K Gold Disc」はそうした違いをCDで手軽に体験させてくれるというもの。本アルバムの現行盤はスーパー・デラックス・エディションなどに留まらず、配信などでより手軽に聞かれるようになりましたが、だからこそDCCバージョンとの違いがはっきりと聞き比べられるはず。その違いを簡単に例えれば、繊細な今回のDCCバージョンと、アルバムのA面に顕著だった、結成したてなバンドの勢いを伝えようとしたのが現行盤だと言えるのではないでしょうか。A面はシンプルだが、それでいて期待と希望に溢れた新バンド結成の勢いを刻み込み、B面には記憶が生々しかったであろうビートルズ解散や始まった裁判に対する不安などが見え隠れたしたポールの素直な気持ちを刻み込んだ佳作が「WILD LIFE」。そして前後にリリースされたシングル曲(いくつかの曲は時期が違いますが)をボーナスとして収録していますが、それらも現行盤とは音質がまったく違います。大音量で再生すると、まるでポールがアルバムのマスターテープをスタジオで完成させた時の雰囲気が疑似体験できるほどナチュラルで、なおかつ飾りのない仕上がりであり、はっきり現行盤と違う魅力にあふれています! DCC Compact Classics Remastered by Steve Hoffman (54:00) 1. Mumbo 2. Bip Bop 3. Love Is Strange 4. Wild Life 5. Some People Never Know 6. I Am Your Singer 7. Bip Bop Link 8. Tomorrow 9. Dear Friend 10. Mumbo Link Bonus Tracks Remastered by Steve Hoffman 11. Another Day 12. Oh Woman, Oh Why 13. Mary Had A Little Lamb 14. Little Woman Love