ボブ・ディラン1970年代の頂点であるローリング・サンダー・レビュー。中でも75年分に関してのオフィシャル・コンテンツはあの素晴らしい「THE 1975 LIVE RECORDINGS」にまとめ上げられたのも記憶に新しいところですが、それによってすべての公演がマルチトラック収録された訳ではなかったことも確定してしまいました。ツアー全体を通して素晴らしいステージを披露していた同年のディラン&レビューですが、中でも沸点に達した11月下旬から12月上旬のカナダで行われた三公演はどれも75年版レビュー極めつけの名演と呼ばれるほど振り切れたステージが披露されていたのです。ところが、正に絶頂と呼ぶに相応しいこの時期においてマルチトラック収録が行われたのは12月4日のモントリオールだけ。その前に行われたトロント二回の公演では同様の収録が行われていなかったという事実も「THE 1975~」のリリースによって判明してしまい、世界中のマニアが少なからず落胆してしまったのもまた事実でしょう。そのモントリオールが示していたように、とにかくカナダでの三公演でのディラン&レビューのステージは振り切りまくっていた。こうした名演を伺い知るには、やはりオーディエンス録音の力を借りなければなりません。本当に幸いなことに、トロントでの模様は実に素晴らしいステレオ・オーディエンス録音が残されていて、中でも12月1日の音質は極上。程よい距離感かつ広がりのある臨場感、それでいて迫力たっぷりに演奏を捉えた絶妙のバランス。それ故「GET READY! TONIGHT BOB'S STAYING HERE WITH YOU」や「COWBOY ANGEL BLUES」といったツアー序盤のPAサウンドボードをメインとした古の名盤においても補填要員として使われたほどですし、たまにテーパーの近くの観客(もしかしたら友達)が「Visions Of Johnna!」とリクエストを叫ぶ声でもマニアにはおなじみな音源だったはず。仮にこの日のPAサウンドボードが発掘されたとしてもこれほど見事な臨場感や聞き心地は再現できないはずで、そんな名オーディエンスを初めてフルで収録した名盤が「FLAGGING DOWN DOUBLE E'S」でした。1990年代、マニアックなディラン専門レーベルが放った名盤として高い人気を誇ったものです。とはいえ90年代のカセット・トレード時代のリリースでしたのでジェネ落ちやピッチの狂いが攻めきれてなかったのも事実かと。それどころか「FLAGGING DOWN~」(以下“既発盤”と称します)以降、この音質も演奏も最高なオーディエンス録音のアッパー版がなかなか登場しない。しかも本音源のロウジェネ・バージョンが21世紀を迎えると広く流通していたというのだから、これぞ由々しき事態と言わなければなりません。そこで今回はこのロウジェネ・バージョンを元にしたアッパー版のリリースが遂に実現するのですが、その音質の差は既発盤と比べて歴然。ライブ前半からしてヒスノイズが低くなった上に薄皮が取れたかのようですし、さらにライブ後半になるといよいよ音質の差が現れている。例えば「Hurricane」辺りで聞き比べてもらえれば、その差は歴然。何より既発盤はオープニングの「When I Paint My Masterpiece」がフェイドインで始まるという大きな欠点を抱えていましたが、今回は演奏が始まる前にあったボブ・ニューワースのMCからしっかり収録。またボーナスには翌日のトロントの音源を収録していた既発盤のスタイルを今回も踏襲。こちらも今年に入ってKRW_COが公開してくれたマスター・バージョンを元にしていますので、こちらは前日以上に既発盤との差が歴然。元々この日は前日より少し音質が劣り(それでも当時としては極上の部類ですが)ボーナス要員として打ってつけであったのですが、そこに加えて既発盤ではジェネ落ちによる音質の劣化とピッチの狂いが目立っており、今回の方がはるかに聞きやすくなっています。既発盤はさらに12月以前の公演の音源までもが詰め込まれていましたが、今回は極めつけの名演であったトロント二日間のみというコンセプトでスマートにまとめてみせました。そんな極上オーディエンスが捉えてくれたトロント初日のキレッキレな演奏の凄まじさは圧巻の一言。ライブ序盤はミック・ロンソンのギターが冴えまくっており、これでもかというくらいに弾き倒してくれる。よってディラン・ファン以外にも勧めたくなるのが75年ローリング・サンダー・レビューの魅力でもある。さらには大所帯バンドのバンマスでもあったベーシスト、ロブ・ストーナーのベースラインまで克明に聞き取れてしまう録音バランスの魅力は未だに色褪せておらず、実際75年レビューのオーディエンス録音でこれほどまでのクオリティで捉えられた音源は他に存在しません。ちなみに元の音源は長時間に渡ったレビュー全体を捉えてくれていたのですが、それ故にテープ交換によるカットが頻発しており、例えば「It Ain't Me, Babe」が終わった途端に入るカットがその最たる例でした。こうした場面を既発盤は目立たなくさせようと食い込み気味にクロスフェイドさせた編集を施した結果、むしろ収録時間が短くなってしまっていたのですが、今回はカット自体をつまんだだけで録音された部分は最大限収録したのもアドバンテージ。そして何と言ってもディランがハイテンション。ライブ前半はエンジン全開、ジョーン・バエズとのアコースティック・コーナーからは一転して穏やかに歌いかける様子がまた素晴らしい。さらにディランの弾き語りコーナーでは「It's All Over Now Baby Blue」や「Love Minus Zero/No Limit」といった名曲を丁寧に歌い上げてくれ、アリーナが静まり返っている様子まで伝わってくる。そんなオフィシャルのボックスでも聞けない75年レビュー極めつけの名演かつ名録音のアッパー版を心ゆくまでお楽しみください。Maple Leaf Gardens, Toronto, ON, Canada 1st December 1975 PERFECT SOUND Disc 1 (67:22) 1. When I Paint My Masterpiece 2. It Ain't Me, Babe 3. The Lonesome Death Of Hattie Carroll 4. Tonight I'll Be Staying Here With You 5. It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry 6. Romance In Durango 7. Isis 8. The Times They Are A-Changin' 9. Dark As A Dungeon 10. Never Let Me Go 11. I Dreamed I Saw St. Augustine 12. I Shall Be Released 13. It's All Over Now, Baby Blue 14. Love Minus Zero/No Limit 15. Simple Twist Of Fate Disc 2 (66:17) 1. Oh, Sister 2. Hurricane 3. One More Cup Of Coffee (Valley Below) 4. Sara 5. Just Like A Woman 6. Knockin' On Heaven's Door 7. This Land Is Your Land Bonus Tracks Maple Leaf Gardens, Toronto, ON, Canada 2nd December 1975 8. A Hard Rain's A-Gonna Fall 9. Blowin' In The Wind 10. Wild Mountain Thyme 11. Mama You Been On My Mind 12. Mr. Tambourine Man 13. Tangled Up In Blue Bob Dylan (vocal, guitar) Bob Neuwirth (guitar) T-bone J. Henry Burnett (guitar) Roger McGuinn (guitar) Steven Soles (guitar) Mick Ronson (guitar) David Mansfield (steel guitar, violin, mandolin ,dobro) Rob Stoner (bass) Howie Wyeth (piano, drums) Luther Rix (drums, percussion) Ronee Blakeley (vocal)