今回公開されたJEMSによるミラード・マスターも本当に音がイイ。あまりにも間近に迫りくる音圧の迫力たるや、彼の手になるオーディエンス録音の面目躍如。そんな極上クオリティにて公開されたのはジャクソン・ブラウン1989年8月13日のユニバーサル・アンフィシアター。当時のジャクソンは問題作『WORLD IN MOTION』をリリースしたもののレコード・セールスは急落。そのせいでツアーが大々的に行われたのはアメリカのみとなってしまい、かろうじて日本公演が追加されたという程度でした。何よりアルバムのセールスを反映してか前作『LIVES IN BALANCE』ほどのメディア露出がなく、フルサイズのライブ放送が実現しないという状況。それどころかラジオ放送では前作時に収録されたライブと抱き合わせで流されるといった扱いも当時の『WORLD IN MOTION』の世評を物語っているかのようでした。『LIVES IN~』が当たったことで推し進められた政治色の強い歌と80年代らしいシンセ・サウンドの融合が『WORLD IN MOTION』では裏目に出てしまった感があったのです。今でこそ同アルバムも再評価され、何よりジャクソン自身がアルバム収録曲からシンセ色を省いてストレートにライブ演奏することでファンの間にも浸透しましたが、89年ツアーにおけるシンセがビンビンなライブ・サウンドは当時ですら違和感があった。それも今となっては懐かしいもの。こうした状況が重なって決定的なアイテムが存在せず、ある種ベールの被せられた時期と言っても過言でない89年の『WORLD IN MOTION』ツアー。そんな時期を極上のオーディエンス録音で捉えてくれたのが今回のミラード録音。とにかく抜群に音が近く、仮にリアタイでリリースされたとしたら完全に「サウンドボード」だと喧伝されたレベル。間違いなくミラード晩年の録音の中でも上位に入るであろう素晴らしいクオリティ。その秘密はこの日の前座にしてジャクソンの盟友デヴィッド・リンドレーのステージを録音したことで、ミラードの予行練習がばっちりできたからからのです。実際リンドレーのステージは『LOS ANGELES 1989: MIKE MILLARD FIRST GENERATION CASSETTE』としてリリース済ですが、音質の良さがマニアを唸らせたもの。その甲斐あって、本番たるジャクソンのステージがこれほどまでの音質で録音出来たというのも納得。ライブ前半は『LIVES IN BALANCE』と『WORLD IN MOTION』二作からのレパートリーで占められるという攻めの構成で、前者が思いのほかヒットしたことからジャクソンとしてもその路線を推し進めた現役ぶりをアピールしたかったのでしょう。ある意味で異色なこの時期のジャクソンの記録は前年の過度期をサウンドボードで捉えた超貴重音源『PHILADELPHIA 1988 SOUNDBOARD』がリリース済ですが、ここでは『WORLD IN~』モードの堂々たるステージへと進化。オープニングからいかにもエイティーズ丸出しだがストレートなサウンドがむしろ懐かしさ一杯で、おまけに音質が抜群なものだから聞いていて本当に楽しい。「For Everyman」や「The Pretender」といったクラシックも当時ならではの味付けでライブ演奏されているのがまた懐かしさを感じさせて味わい深い。あの時は違和感に映ったジャクソンのシンセ寄りなサウンドですが、それも今となっては十分に親しみやすいものがある。そんな89年ツアーならではの独特な魅力はシンセの味付けだけでなく、アメリカ・ツアーだけでドラマーを務めたチャド・クロムウェルによるところも大きい。その後の来日公演がそうだったように、一般的にはマイケル・ヨッフムの印象が強いかと思われますが、実はアメリカに限ってクロムウェルがドラマーだったことが今回のミラード録音のおかげで判明。確かに89年のクロムウェルは数年続いたニール・ヤングとの活動が春の来日公演で終わり、ドラマーとしてはフリーな状態にありました。結局クロムウェルとジャクソンの付き合いはアメリカ・ツアーだけとなり、スタジオ・レコ―ディンなどでの共演は実現しなかったことから、このツアーだけの貴重な参加でもあったのです。そんな彼のタイトなドラミングは『WORLD IN~』モードのステージによく合う。そして前座を務めたリンドレーは随所でジャクソンのステージに加わり、終盤「Stay」はおなじみの裏声でジャクソンからバトンタッチされるなど大活躍。彼が亡くなられた今となってはこうした場面が極上音質で聞かれるという点でも非常に貴重な記録となってしまいました。最初に挙げた理由から決定版アイテムが一切存在無かった『WORLD IN MOTION』ツアー。Universal Amphitheatre, Los Angeles, CA, USA 13th August 1989 ULTIMATE SOUND Disc:1 (68:30)1. Intro 2. For America 3. Tender Is The Night 4. In The Shape Of A Heart 5. Enough Of The Night 6. Chasing You Into The Light 7. For Everyman 8. World In Motion 9. Anything Can Happen 10. For A Dancer 11. Call It A Loan 12. Cocaine Disc:2 (58:03) 1. How Long 2. Boulevard 3. Lawless Avenues 4. MC 5. The Word Justice 6. Running On Empty 7. Band Introduction 8. The Pretender 9. When The Stone Begins To Turn 10. The Load-Out 11. Stay 12. Doctor My Eyes Jackson Browne - vocals, guitar Kevin Dukes - guitars, vocals Bob Glaub - bass Chad Cromwell - drums Scott Thurston - keyboards, guitar, vocals Doug Haywood - sax, keyboards, guitar, vocals Debra Dobkin - percussion