1976年はキース・ムーン存命時におけるザ・フー最後のライブ・ツアーが行われた年。この一年の音源に関してはJEMSグループが素晴らしいクオリティのオーディエンス録音を発掘し続けてくれており、昨年はジャクソンビル、シアトル、そしてウィニペグ公演といった極上音源をリリースしてまいりました。そうした状況の中でザ・フー事実上のラスト・ツアー再評価の機運が高まって来たことに疑いの余地はありません。その証拠として6年前にリリースされた「KEITH'S FINAL LIVE: TORONTO 1976」までもが先頃Sold Out。76年ツアーの最終日というだけでなく、オリジナル・ザ・フー最後の通常ライブにおけるファイナル・ステージを収めた貴重さも再評価された結果でした。もちろん映画「THE KIDS ARE ALRIGHT」用にセッティングされた映像収録ライブがある以上、そちらがキースにとって正真正銘のラスト・ライブとなった訳ですが、これは特殊な性質のステージであり、演奏内容の面から見ても76年トロントの方がファイナル・ショーと呼ぶに相応しい。そんな貴重なステージですので、昔から出回っていたトロント公演のオーディエンス録音を元にしたタイトル「LAST STAND WITH KEITH MOON」が早くからリリースされていたものです。そちらに使われた音源も悪くない音質ではあったものの、粗い音質と会場であるメイプル・リーフ・ガーデンのホールエコーが強めという録音状態が難点だったのです。しかし「KEITH'S FINAL LIVE: TORONTO 1976」(以下「既発盤と称します」)に使われたJEMS発掘による新たなオーディエンス録音はこの点が大幅に緩和されていただけでなく、それ以上にオンな音像によって俄然聞きやすくなっていたもの。それを収めたのが既発盤でした。ところが最近になって同じ音源のアッパー版が突如として登場ものだから、世界中のマニアが驚かされたという。JANを名乗るテーパーによって提供された新たなコピーは既発盤に使われたバージョンをも上回るクオリティ・アップを果たしていたのです。既発盤をお持ちの方ならお分かりかと思われますが、本音源は「I Can't Explain」から「Substitute」にかけてテーパーがマイクの接続に難儀してしまい、ステレオとモノラルの間を右往左往してしまいます。この問題は今回も変わりません。中でも前者の2:22辺りで雑音の入る箇所は既発盤において丸ごとカットされてしまったことからリズムがおかしなことになっていたのですが、今回はその部分を演奏の他の部分から移植することによってなめらかに聞き通せるようアジャスト。しかし何と言っても特筆すべきは一聴して解るほどのアッパー感。録音が安定した「My Wife」以降で聞き比べてみれば違いは一目瞭然。薄っすらと立ち込めていた霧が晴れた、あるいは薄皮が取れたかのようなクリアネスに驚かされるはず。今回のバージョンを聞いてしまうと、既発盤が濁って厚みを欠いた音質に映ってしまうほど。これはイコライズなどで手を加えた結果ではなく、あくまでより良い状態のテープであるが故のアッパー感であることは間違いありません。ザ・フーの76年ツアーは先にも触れたJEMSグループによる発掘のおかげで軒並み上質なオーディエンス録音が並んだ非常にレベルの高い状況となっていますが、今回の発掘によってトロントもその上位へと食い込む名音源にまで昇格したのです。「LAST STAND WITH KEITH MOON」音源のようにざらついてエコー過剰な音質はとっくに凌駕していた既発盤ですら、今回のアッパー版の前では色褪せて聞こえてしまう。レア音源を聞く楽しみの一つには、そうした音質の向上が挙げられるでしょう。これまで聞き慣れてきた音源のアッパー版というのは本当にワクワクさせてくれます。先に触れたように見通しがずっと良くなっただけでなく、こもり感から解放された今回のバージョンではウォーミーな感触も一気にアップ。このようなアッパーぶり、それは結果としてキース存命時ザ・フー通常のライブ・ツアーにおける有終の美を飾ることになってしまった一日の素晴らしさをよりリアルに伝えてくれるドキュメントへと進化することにもなっています。昨年リリースした「SEATTLE 1976」でも言葉を失うほど強烈なキースのドラミングが捉えられていましたが、今回のアッパー版もまた彼の超絶ドラミングを見事に捉えてくれているのが魅力。キースのドラムが良く聞こえるというだけなら他の音源にも当てはまるのですが、この日の彼のドラミングはツアー最終日に相応しい完全燃焼プレイ。それどころかこのステージの完全なる主役と化している。ただ激しいだけでなく「Baba O'Riley」終盤のような正確無比なリズムも圧巻。それはまるでキース自身この日がラスト・ライブであることを悟っていたのではと勘繰りたくなってしまうレベル。それ以上にこの日の演奏で有名なのがライブ後半の極めてレアな展開。いつもなら「Join Together」を「My Generation」でサンドイッチした展開で終わる訳ですが、そこからピートが長いアドリブを弾き始めます。ここで不意に歌い始めたのが「フッフー、フッフー」というフレーズ。そう、後の「Who Are You」となるパターン。ここからさらにピートは「I Gotta Know, Who Are You」という言葉を繰り返しており、1976年の時点で同曲の草稿が披露された貴重な場面だと言えるでしょう。キース存命時のラスト・アルバムのタイトルとなる曲のヒントがラスト・コンサートでサラリと披露されていたとは!そしてここまで挙げてきたように、今回のアッパー版リリースは文字通り「Definitive」と呼ぶに相応しく、一聴して解るほどスッキリ聞きやすい状態に生まれ変わりました。元々が上質なオーディエンス録音だっただけに、ここまでのアッパー感を前にすると、すべてのザ・フー・マニアに自信を持って勧められるリリースだと断言いたしましょう。リアルで豊かな臨場感とオンな音像で歴史的な一日をプレイバック。これがキース存命時最後のツアーの最終日です。 Live at Maple Leaf Gardens, Toronto, Ontario, Canada 21st October 1976 PERFECT SOUND(UPGRADE) Disc 1 (45:03) 1. I Can't Explain 2. Substitute 3. My Wife 4. Baba O'Riley 5. Squeeze Box 6. Behind Blue Eyes 7. Dreaming From the Waist 8. Magic Bus Disc 2 (64:08) 1. Introduction of Tommy 2. Amazing Journey 3. Sparks 4. The Acid Queen 5. Fiddle About 6. Pinball Wizard 7. I'm Free 8. Tommy's Holiday Camp 9. We're Not Gonna Take It 10. Seem Me Feel Me 11. Summertime Blues 12. My Generation 13. Join Together 14. My Generation Blues 15. Who Are You 16. Won't Get Fooled Again Roger Daltrey - Vocals, Harmonica Pete Townshend - Guitar, Vocals John Entwistle - Bass, Vocals Keith Moon - Drums, Vocals